物欲はなかった。それでも若いころの私は、とにかくお金が欲しかった

時間の使い方・マインドセット

私は子供のころから、それほど物欲がありませんでした。

「あれが欲しい」

「これを買ってほしい」

と親にねだるような子供でもなかったと思います。

大人になってからも、それほど変わっていません。

高級なものを次々に買いたいと思ったこともありませんし、お金が入ったら全部使ってしまうようなタイプでもありません。

ところが、そんな私にも若いころ、強く欲しかったものがあります。

それが、

お金です。

物欲はないのに、お金は欲しかった。

今考えると、少し不思議な気もします。

でも56歳になった今、なぜあれほどお金が欲しかったのか、少し分かるような気がします。

私の家は、あまり裕福ではなかった

私が育った家庭は、裕福ではありませんでした。

子供のころの食事を思い出しても、おかずが一品くらいということもありました。

着ているものも、よその家の子供とは少し違いました。

自転車も、新しいものを買ってもらうのではなく、中古のものだったりしました。

だからといって、何か一つ大きな出来事があって、

「うちは貧乏なんだ」

と気づいたわけではありません。

子供というのは、日々のちょっとしたことで感じるのだと思います。

友達の家と自分の家。

友達が持っているものと、自分が持っているもの。

食べているもの。

着ているもの。

そんな小さな違いが積み重なって、

「うちはあまりお金がないんだな」

と感じていたのだと思います。

欲しいものがあっても「買って」と言わなかった

だから私は、欲しいものがあっても親に、

「これを買って」

とあまり言いませんでした。

どうせ無理だろう。

子供なりに、そんなことを考えていたのかもしれません。

その結果なのかどうかは分かりませんが、私は大人になってもあまり物欲がありません。

子供のころに買ってもらえなかった反動で、大人になって高価なものを次々に買うようになる人もいるかもしれません。

私の場合は逆でした。

欲しいものがあっても買わないことが普通になり、そのまま大人になったような気もします。

でも、物欲がなくなっても、

「お金が欲しい」という気持ちは残りました。

欲しかったのは「物」ではなく「お金がある状態」だったのかもしれない

若いころの私は、とにかくお金が欲しかったです。

就職して給料をもらうようになっても、

「これでもう十分だ」

とは思いませんでした。

もっと欲しい。

もっと稼ぎたい。

そう思っていました。

でも、そのお金で何か高級なものを買いたかったわけではありません。

今になって考えてみると、私はお金そのものが欲しかったというより、

「お金がない状態になりたくなかった」

のかもしれません。

お金がなくなったら、ご飯が食べられなくなるかもしれない。

必要なものが買えなくなるかもしれない。

そんな状態になることへの不安が、どこかにあったのかもしれません。

だから、お金が欲しかった。

お金を持っていれば安心できる。

若いころの私にとって、お金は物を買うためだけのものではなく、精神的な安心にもつながっていたのだと思います。

「もっとお金が欲しい」は仕事の原動力にもなった

私は会社員として働いていました。

若いころは出世もしたかったです。

今は早期退職しているので、出世なんてまったく関係ありません。

でも当時は違いました。

会社員ですから、給料を増やそうと思えば出世することも一つの方法でした。

働く。

成果を出す。

出世する。

給料を増やす。

私にとって、

「もっとお金が欲しい」

という気持ちは、仕事をする原動力の一つになっていたと思います。

だから、若いころにお金を求めていたことを、今になって後悔しているわけではありません。

むしろ、あの気持ちがあったから仕事も頑張れた。

そういう意味では、良かったのだと思います。

40代になると「4,500万円」という具体的な目標ができた

その後、私は40代になって早期退職を考えるようになりました。

そこでライフプランを作り、

会社を辞めるには4,500万円くらい必要だ

と考えるようになりました。

ここからは、お金が欲しい理由がさらに具体的になります。

会社を辞めるためです。

4,500万円に到達するまでは、

「もうこれ以上、お金はいらないかな」

とは思いませんでした。

まだ足りない。

もっと必要だ。

そう思っていました。

そして49歳のとき、早期退職できるだけのお金を準備することができました。

私のお金に対する感覚が変わったのは、このころだったと思います。

「もう、お金はある」と思えるようになった

4,500万円ほど準備できたことで、私は会社を辞めました。

そして初めて、

「もう、そこまでお金を求めなくてもいいのかな」

と思える状態になったのだと思います。

もちろん、お金がいらなくなったわけではありません。

生活するにはお金が必要です。

将来何が起こるかも分かりません。

でも、若いころにあった、

「もっともっとお金が欲しい」

という切実な感覚は弱くなりました。

理由は単純で、

もうお金があるから

なのだと思います。

少なくとも、自分が考えたライフプランの中では生活していける。

ご飯が食べられなくなるとか、必要なものが買えなくなるとか、そんなことを今すぐ心配する状態ではない。

子供のころからどこかにあった「お金がないことへの不安」が、かなり小さくなったのかもしれません。

もし1億円あったとしても、生活はそれほど変わらないと思う

例えば、49歳のときに4,500万円ではなく1億円持っていたら、私の生活はどうなっていたでしょうか。

多少は変わったと思います。

旅行へ行く回数が増えたかもしれません。

今は軽自動車に乗っていますが、普通車に乗っていたかもしれません。

でも、生活そのものが大きく変わったとは思いません。

1億円あるから高級品を次々買おう。

毎日ぜいたくしよう。

そんなふうには、おそらくならなかったと思います。

もともと物欲があまりないからです。

そう考えると、私にとってお金は、

たくさん使うためのものというより、困らないためのもの

だったのかもしれません。

今でも、お金が増えるとうれしい

では、56歳になった今は、お金に興味がなくなったのか。

そんなことはありません。

私は今でも投資をしています。

そして投資でお金が増えれば、当然うれしいです。

ただ、若いころとは感覚がまったく違います。

今の私にとって投資は、

「お金を増やすゲーム」

のようなところがあります。

どうすれば増やせるのか。

こうしたらどうなるのか。

自分で考えて試してみる。

それ自体を楽しんでいます。

若いころの、

「もっとお金がないと困る」

「もっと稼がなければ」

という感覚とは違います。

若いころは生活がかかっていました。

精神的な安心もかかっていました。

今は、生活するために必死になって増やしているわけではありません。

同じ「お金が増えるとうれしい」でも、中身はまったく違います。

1,000万円増えても、1,000万円使おうとは思わない

仮に投資がうまくいって、当初の計画より資産が1,000万円増えたとします。

そうなれば、

「少しくらい使ってもいいかな」

とは思います。

旅行を増やしてもいいかもしれません。

何かやりたいことがあれば、そこに使ってもいい。

でも、

「1,000万円増えたから、1,000万円全部使おう」

とは思いません。

お金が増えたからといって、それに合わせて生活をどんどん派手にしていきたいとは思わないからです。

使いたいものがあれば使う。

特に欲しいものがなければ、無理に使わない。

今はそのくらいです。

お金が欲しかったから、49歳で会社を辞められた

振り返ってみると、少し面白いものです。

子供のころ、家にあまりお金がなかった。

だから、お金が欲しかった。

社会人になってからも、

「もっと稼ぎたい」

と思って働いた。

出世して給料を増やしたいとも思った。

そして40代になると、

「会社を辞めるには4,500万円必要だ」

という具体的な目標ができた。

49歳でそこまで到達して、会社を辞めた。

考えてみれば、若いころから求め続けたお金は、最終的に高級な車や高級品になったわけではありません。

会社を辞めても生活できるという自由になりました。

そう考えると、若いころに「お金が欲しい」と思い続けていたことも、私にとっては悪いことではなかったと思います。

お金への欲がなくなったのではなく、役割が変わった

今でも、お金は大切です。

これから老後もあります。

病気になるかもしれません。

家の修繕も必要です。

旅行にも行きたい。

だから、お金なんてもうどうでもいいとは思いません。

ただ、若いころとは、お金の役割が変わりました。

若いころのお金は、

「ないと不安だから、もっと欲しいもの」

でした。

49歳で早期退職できるだけのお金ができて、その不安がかなり小さくなった。

そして56歳の今は、

生活を楽しむために使ったり、投資で増やすこと自体を楽しんだりするもの

になっています。

物欲は昔からあまりありませんでした。

それでも若いころの私は、とにかくお金が欲しかった。

今になって思うのは、

欲しかったのは、お金で買える物ではなく、「お金がなくて困らない生活」だったのかもしれない

ということです。

そして今、ようやくその状態になったからこそ、

「もっともっとお金が欲しい」

と思わなくなったのだと思います。

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