私は、何事もギシギシになるのが好きではありません。
お金もそうです。
時間もそうです。
旅行の予定もそうです。
そして、投資もそうです。
少し余裕があるくらいが、私にはちょうどいい。
なぜなのか。
改めて考えてみると、理由は単純でした。
「次の一手」を残しておきたいからです。
余裕があるということは、単にお金や時間が余っているということではありません。
私にとって余裕とは、
「自分で選べる状態」
なのだと思います。
予定がギッシリ詰まっていると、それだけで疲れる
私は、予定がたくさん入っているのが苦手です。
予定表を見て、
「午前中はこれをして、午後はこれをして、そのあとここに行って……」
となっていると、それだけで気分が落ちます。
だからといって、無計画が好きなわけではありません。
むしろ、計画はあった方がいいと思っています。
旅行でもそうです。
「あそこに行って、その次はここに行こう」
という予定は立てます。
でも、時間をギリギリにはしません。
10時までここ。
10時30分には次へ移動。
11時にはここ。
そんな予定を組んでしまうと、一つ予定が狂っただけで全部が狂います。
そうではなく、
行くところは決める。でも時間には余裕を持たせる。
私は、そんな計画が好きです。
計画は、自分を縛るためのものではない
これは、お金についても同じです。
私は早期退職する前からライフプランを作っていました。
退職後にいくら必要なのか。
年間いくら使えるのか。
将来どのくらいのお金が必要になるのか。
そういったことを計算しています。
でも私は、計画通りに1円単位までお金を使おうとは思っていません。
例えば、
「今年は旅行に30万円使える」
という計画だったとします。
30万円全部使ってもいい。
20万円しか使わなくてもいい。
使わなかった10万円を、
「あと10万円使わなければ」
と考える必要はありません。
逆に、本当にやりたいことがあれば、30万円全部使っても構いません。
計画は、使っていいお金の上限を知るための指標でしかありません。
私はそう考えています。
計画があるから、安心してお金を使える
もし何の計画もなかったら、私は逆にお金を使いにくいと思います。
旅行に30万円使おうと思っても、
「こんなに使って大丈夫かな?」
と思うでしょう。
外食を増やしたくても、
「老後のお金は足りるのかな?」
と心配になる。
どこまで使っていいのか分からないからです。
でも、ライフプランがあって、
「ここまでは使って大丈夫」
と分かっていれば、安心して使えます。
だから私にとって計画とは、自分を縛るものではありません。
むしろ、
計画は余裕を作るものです。
自由にお金を使いたいからこそ、私は計画を立てています。
収入が増えたら、やりたいことには使いたい
今は、当初の計画よりも収入があります。
だから、旅行も以前より少し増やしています。
外食だって、もっと増やしたいと思っています。
お金があるのに、
「絶対に使ってはいけない」
と我慢したいわけではありません。
お金が増えて、やりたいことがあるのなら、やればいい。
私はそう思っています。
ただし、収入が増えたからといって、生活レベルを一気に上げようとは思いません。
なぜなら、
今の収入が、これからもずっと続くとは限らないからです。
一度上げた生活レベルを、本当に下げられるのか
例えば収入が大きく増えたとします。
それなら毎日外食することだってできるかもしれません。
私も外食は好きなので、できるなら増やしたい。
でも、毎日のように外食する生活を何年も続けたら、それが普通になります。
そして、ある日収入が減った。
「じゃあ、外食を減らそう」
言葉では簡単です。
でも、本当に減らせるのでしょうか。
今まで週に何度も外食していたのに、月に数回へ戻す。
以前はそれで満足していたはずなのに、一度生活レベルが上がってしまうと、
「我慢している」
と感じるかもしれません。
それでも生活レベルを下げられず、貯金を取り崩しながら同じ生活を続ければ、いつか資金が足りなくなる可能性があります。
私は、それが怖いのです。
私は、生活レベルを下げられる自信がない
「収入が減ったら、そのとき生活レベルを下げればいい」
そう考えることもできます。
実際、それができるのであれば何も問題ありません。
収入が増えたら思い切り使う。
収入が減ったら支出を減らす。
それが簡単にできる人なら、それでいいと思います。
でも、私は自信がありません。
だから、収入が増えたからといって、一気に生活レベルを上げることはしません。
そして、ときには少し生活レベルを下げることもあっていいと思っています。
宮古島は再来年にした
私は北海道にも行きたいし、宮古島にも行きたいと思っています。
両方行こうと思えば、行けないわけではありません。
でも、1年に遠方旅行を2回すると、今考えている計画をオーバーします。
だから北海道へ行った翌年に宮古島へ行くのではなく、宮古島は再来年にしようと思っています。
別に、
「旅行なんて贅沢だから我慢しよう」
と思っているわけではありません。
宮古島には行きたい。
だから、行きます。
ただ、
「今すぐ全部やらなくてもいい」
と思っているだけです。
少しくらい我慢することがあってもいい。
私は、そのくらいがちょうどいいと思っています。
でも、計画をオーバーしてでも行くことはある
だからといって、
「計画は絶対に守らなければならない」
とも思っていません。
例えば、
「来年は生きているかどうか分からない」
そんな状況になったとします。
そして、
「どうしても宮古島に行きたい」
と思った。
それなら私は、計画をオーバーしてでも行くと思います。
人生のために作った計画なのに、計画を守るために人生を我慢してしまったら、本末転倒です。
今年使いすぎたのなら、来年や再来年の支出を減らせばいい。
計画そのものを変更してもいい。
計画は絶対ではありません。
あくまで指標です。
そのときの状況に合わせて、臨機応変に変えればいいと思っています。
そのためにも「少し我慢する」経験をしておきたい
ただ、ここでも問題があります。
今年使いすぎたから、
「来年は生活レベルを下げよう」
と思った。
本当にできるのでしょうか。
私は、そこが重要だと思っています。
だから余裕があるときでも、何でもかんでもやるのではなく、ときには少し我慢することがあってもいい。
今年行かなくてもいい旅行なら、来年にする。
外食だって、毎日行けるから毎日行く必要はありません。
少し生活レベルを下げることに慣れておけば、本当に収入が減ったときにも対応しやすいかもしれません。
生活レベルを上げられることより、下げられることの方が大切なときもある。
私はそう思っています。
「余裕を残す」は投資でも同じ
そして、この考え方は投資にもそのまま当てはまります。
私は、
次の一手がない投資戦略はやりません。
例えば株を買った。
株価が上がれば儲かる。
でも、下がったらどうするのか。
「下がったら、もうおしまい」
私は、そんな取引はしたくありません。
下がったら買えばいい。
もっと下がったら、さらに買えばいい。
さらに下がったら、どうするのか。
そこまで考えてから投資します。
そのためには、最初から資金を全部使うことはできません。
次に使うお金を残しておく必要があります。
私がオプション取引をしている理由にもつながる
私がやっているオプション取引でも、この考え方はかなり強く出ています。
上がったらどうするのか。
下がったらどうするのか。
もっと下がったらどうするのか。
私は、先のことまで考えて取引します。
相場は、自分の思い通りには動きません。
だからこそ、
「こうなったら、次はこうする」
という選択肢を残しておきたい。
相場が想定と違う方向へ動いた瞬間、
「もう何もできません」
となるのが一番嫌なのです。
私にとって投資の余裕とは、現金を余らせておくことではありません。
次の一手を打てる状態を残しておくことです。
結局、私が欲しいのは「選べること」
ここまで考えてみると、私がお金や時間に余裕を残したい理由が分かってきました。
私は、余らせること自体が好きなのではありません。
選択肢を残しておきたいのです。
旅行に行ってもいい。
行かなくてもいい。
お金を使ってもいい。
残してもいい。
予定通りにしてもいい。
状況が変わったら計画を変えてもいい。
株価が下がったら買ってもいい。
もっと下がったら、さらに買うこともできる。
「これしかできない」
という状態にしたくないのです。
余裕とは「何もしないこと」ではない
余裕があるというと、
「のんびりする」
「何もしない」
というイメージがあるかもしれません。
私にとっては少し違います。
余裕とは、自分で選べる状態です。
お金を全部使ってしまえば、次に何かしたくなってもできません。
予定をギッシリ詰めれば、一つトラブルが起きただけで全部が狂います。
投資資金を全部投入してしまえば、暴落して絶好の買い場が来ても何もできません。
余裕があれば、
「じゃあ、こうしよう」
と言えます。
私は、その状態が好きなのだと思います。
早期退職で手に入れたものも「余裕」だった
考えてみれば、私が早期退職して手に入れたものも、これだったのかもしれません。
時間の余裕です。
会社員のころは、平日のほとんどの時間を会社に使っていました。
何時に起きる。
何時に会社へ行く。
何時から仕事をする。
休みも決まっています。
早期退職して、それがなくなりました。
今日は何をするのか。
出かけるのか。
家にいるのか。
家庭菜園をするのか。
投資について調べるのか。
妻と外食するのか。
何もしないのか。
自分で決められます。
選択肢がある。
私が早期退職後の生活を気に入っている理由の一つは、そこにあるのかもしれません。
自由に生きたいから、計画を立てる
自由に生きるというと、
「計画なんて立てず、そのときやりたいことをやる」
というイメージもあります。
でも、私は逆です。
自由に生きたいからこそ、計画を立てます。
お金の計画があるから、安心して旅行に行ける。
時間に余裕を持った計画だから、旅行先でゆっくりできる。
投資の計画があるから、株価が下がっても慌てず次の手を打てる。
ただし、計画に縛られる必要はありません。
計画は、あくまで指標です。
使えるお金を全部使う必要もない。
絶対に残す必要もない。
予定通りにやる必要もない。
状況が変われば、計画も変えればいい。
計画を立てる。でも、余白も残す。
そして、
次の一手を打てる状態にしておく。
お金も、時間も、投資も、人生も。
私は、少し余裕があるくらいがちょうどいいと思っています。


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