第一希望じゃなくてもいい。「こうでなければならない」が少ないと人生は生きやすい

時間の使い方・マインドセット

私は昔から、何かに強くこだわる方ではありません。

もちろん、希望はあります。

旅行に行くなら、できれば広い部屋に泊まりたい。行ってみたい旅館もあります。

高校や大学を受験したときにも、当然、第一志望がありました。

でも、その希望が叶わなかったからといって、

「絶対にこれでなければダメだ」

とは、あまり思わないようです。

これは持って生まれた性格なのかもしれません。

でも56歳になった今、自分の人生を振り返ってみると、この「こだわりの少なさ」は、私をずいぶん生きやすくしてくれたのかもしれないと思います。

第一志望の高校に落ちて、膝から崩れ落ちた

私は高校受験で第一志望に落ちています。

しかも、合格したと思って合格発表を見に行きました。

ところが、自分の番号がない。

あのときは本当にショックでした。

膝からガタガタと崩れ落ちるような、

「なんでだ」

という気持ちでした。

第一志望だったのですから、悔しくないはずがありません。

「第一志望なんてどうでもよかった」

という話ではありません。

行きたかったから受験したわけですし、受かると思っていた。

だから、落ちれば当然悔しい。

結局、私は第二志望の高校へ進学しました。

第二志望には、第二志望の面白さがあった

ところが、実際に第二志望の高校へ通い始めると、

「やっぱり第一志望の高校に行きたかったな」

とは、まったく思いませんでした。

第二志望の高校には、そこなりの面白いことがたくさんあったからです。

今振り返ると、

第二志望の高校の良いところが目に入った

という感じでしょうか。

もちろん、第一志望に合格していたら、また違った人生になっていたでしょう。

そちらの方が楽しかったかもしれません。

反対に、そうではなかったかもしれません。

それは分かりません。

だから私は、

「第一志望に落ちてよかった」

とまで言うつもりはありません。

ただ、実際に行くことになった第二志望の高校でも、私は十分楽しむことができました。

旅行でも「絶対ここじゃないと嫌だ」とは思わない

これは今でもあまり変わっていないように思います。

私は旅行が好きです。

ホテルや旅館を選ぶときには、部屋の広さもかなり気にします。

できれば20㎡以上は欲しい。

できることなら50㎡くらいあるとうれしい。

以前、1人1泊7万円ほどする旅館に泊まったことがあります。

前々から泊まってみたかったところでした。

実際に泊まってみると非常に良かった。

「ちょっと高いな」とは思いましたが、それでも泊まったことを後悔はしませんでした。

できることなら、また泊まりたいと思っています。

ただ、夫婦2人で2泊すれば、それだけで30万円近くかかります。

今の旅行予算を考えると、なかなか厳しい。

では、

「あの旅館に泊まれないなら旅行には行かない」

となるか。

私はなりません。

他にも良い旅館はあります。

一番泊まりたいところより、少しうれしさは下がるかもしれない。

それでも、予算をぐっと下げて旅行を楽しむことはできます。

だから、それほど「我慢している」という感覚もありません。

是が非でも、そこじゃないといけないわけではないからです。

高ければ良いとも思わない

だからといって、私は安いものだけを選びたいわけでもありません。

予算が10万円あって、その範囲で80㎡のスイートルームに泊まれるのであれば、私は泊まると思います。

せっかく予算があるのですから、良い部屋に泊まってみたい。

一方で、1泊20万円となれば、

「さすがにちょっと高いな」

と思います。

ただ、もし私に今よりはるかに多くの資産があって、20万円がそれほど負担にならないのであれば、一度くらい泊まってみるかもしれません。

そして実際に泊まって、

「20万円を払う価値があるな」

と思えば、また泊まるかもしれない。

「そこまでではなかったな」

と思えば、もう泊まらない。

私は高級なものを否定したいわけでもありません。

自分の予算の中で、自分が楽しめるものを選べばいい。

それだけなんだと思います。

「一番」でなくても楽しめる

考えてみると、私は昔からこうだったのかもしれません。

子供のころも、親に、

「あれを買って」
「これを買って」

とは、ほとんど言わなかったそうです。

家にあまりお金がなかったので、子供心に、

「親にあまり言っちゃいけないな」

という気持ちもありました。

だから、単純に物欲がなかったとは言えません。

欲しいものがあったこともあります。

でも、

「欲しいけど、まあいっか」

と思えるところもありました。

ものすごく我慢していた感覚はありません。

今でも同じです。

できればこうしたい。

でも予算に合わない。

だったら、

「まあ、この辺でいいか」

となる。

そして、選んだものの中で楽しみます。

「第一希望じゃない=不幸」ではない

人生は、自分の希望どおりにならないことがあります。

行きたかった学校に行けない。

入りたかった会社に入れない。

希望していた仕事ができない。

欲しいものが予算に合わない。

泊まりたいホテルが高すぎる。

その瞬間は、がっかりするでしょう。

私も高校に落ちたときは、本当に悔しかった。

だから、

「第一希望なんて持たなければいい」

と言いたいわけではありません。

第一希望はあっていい。

行きたいところを目指せばいい。

欲しいものを欲しいと思えばいい。

ただ、

第一希望だけが、自分を楽しませてくれる唯一の選択肢ではない。

私はそんなふうに感じています。

第一希望がダメだったら、第二希望へ行く。

そして、そこで面白いものがあれば楽しむ。

それでいいんじゃないかと思っています。

私は「こうでなければならない」が少ない

自分の性格を考えてみると、

「こうでなければならない」

というものが、私はあまりないようです。

絶対にこの家に住みたい。

絶対にこの車に乗りたい。

絶対にこのホテルに泊まりたい。

絶対にこういう人生でなければならない。

そういうものが少ない。

もちろん、これは人それぞれです。

何か一つのものに強くこだわって、それを手に入れるために頑張る人生もあるでしょう。

それはそれで、その人の生き方だと思います。

私はたまたま、そういう性格ではなかった。

でも振り返ってみると、

何かに強くこだわらない性格は、私を生きやすくしてくれたように思います。

でも、人から「こうしろ」と言われるのはつらかった

面白いことに、自分自身には「こうでなければならない」が少ないのに、他人からそれを押し付けられるのは、私は非常につらく感じます。

一番それを感じたのが、会社員時代でした。

会社にはルールがあります。

「こうしなければならない」

というものが当然あります。

仕事なので、それは仕方がありません。

ただ、私が会社員生活の最後の方で担当した仕事は、さらに厳しいものでした。

失敗が許されない。成功しなければならない。

会社のルールは守らなければならない。

一方で、お客さんの要望にも応えなければならない。

会社を優先すれば、お客さんの希望に応えられない。

お客さんを優先すれば、社内ルールに反することもある。

それでも失敗は許されない。

私には非常につらい仕事でした。

今考えると、

「こうでなければならない」の中に閉じ込められて、別の選択肢がなくなっていくこと

が、私はとても苦手なのかもしれません。

行ったところで楽しめばいい

第一志望に落ちたこと。

予算が合わず、泊まりたい旅館を諦めること。

思いどおりにならないことは、これからもあるでしょう。

そのたびに、

「本当はこうなるはずだったのに」

と考え続けても、私の場合はあまり楽しくありません。

だったら、

行ったところで楽しめばいい。

第一希望がダメなら、第二希望へ行ってみる。

そこで良いところを探してみる。

予算に合わないなら、別のものを選んでみる。

もちろん、どんな場所でも楽しめるとは思いません。

どうしても自分に合わない場所だってあるでしょう。

そんなときにどうするのかは、私にも分かりません。

ただ、これまでの自分の人生を振り返ってみると、

「これじゃなければダメ」と考えなかったことは、ずいぶん自分を楽にしてくれたように思います。

これは人に勧められて身につけた考え方ではありません。

もしかすると、持って生まれた性格なのかもしれません。

それでも56歳になった今、

「こうでなければならない」が少ないというのは、案外、生きやすいものだな。

そんなことを思っています。

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