49歳で会社を辞めた私は、決して勇気がある人間ではない

時間の使い方・マインドセット

私は49歳で会社を辞めました。

早期退職して、すでに7年以上になります。

49歳で会社を辞めたと言うと、

「よくそんな思い切ったことができましたね」

と思われるかもしれません。

確かに、会社を辞めるというのは大きな決断です。

毎月入ってきていた給料がなくなります。

この先、何十年生きるのかも分かりません。

それでも私は会社を辞めました。

では、私は思い切りのいい人間なのか。

自分では、まったくそう思っていません。

むしろ逆です。

私は、どちらかというと臆病な人間だと思っています。

だからこそ、会社を辞める前にずいぶん準備をしました。

私が会社を辞められたのは、勇気があったからではない

私が会社を辞めるとき、一番怖かったのは収入がなくなることでした。

だったら、その問題を先に何とかすればいい。

そこで私はライフプランを作りました。

退職後にいくら生活費が必要なのか。

これからどんな大きな支出があるのか。

年金はいくらくらいになるのか。

そして、100歳まで生きるとしたら、いくら必要なのか。

かなり先まで計算しました。

その結果、

「会社を辞めて、今後の収入がゼロでも生きていける」

と判断できるところまで資産を準備しました。

もちろん、実際の人生が計画通りになる保証なんてありません。

それでも、自分なりに考えられる範囲で準備をして、

「これなら辞めても大丈夫だろう」

と思えた。

だから会社を辞めました。

今考えると、私は勇気を出して飛び込んだというより、飛び込んでも大丈夫だと思えるところまで準備してから飛び込んだのだと思います。

会社を作る人を、私は今でもかっこいいと思う

会社員だった頃、私は出世したいと思っていました。

なぜ出世したかったのか。

給料が増えるというのも、もちろんあったと思います。

周りから評価されたいという気持ちも、多少はあったのでしょう。

でも、一番最初に思い浮かぶ理由はもっと単純です。

「なんか、かっこいい」

部長になったり、会社の中で上に行ったりする。

当時の私には、それがなんとなくかっこよく見えていました。

今はもう会社の中での地位には興味がありません。

そもそも会社にいませんからね。

でも今でも「この人、かっこいいな」と思う人たちはいます。

たとえば、自分で会社を立ち上げて、それを大きくしていった人です。

自分がやりたいことをやって、それを形にしていく。

そういう人を見ると、今でもかっこいいなと思います。

私も、できることならやってみたかった。

でも、やりませんでした。

起業は「失敗した後」が見えなかった

なぜ私は起業しなかったのか。

たぶん、怖かったからです。

会社を作って成功すればいい。

でも、成功するかどうかは分かりません。

うまくいかなかったらどうするのか。

借金を抱えたらどうするのか。

会社を畳むことになったら、その後どうやって生活するのか。

私には、その「次の一手」がよく見えませんでした。

仮に、

「起業して失敗しても借金は残りません。会社を畳んでも、その後の生活には一生困りません」

という状態だったら、私は起業していたかもしれません。

ここは、早期退職との大きな違いだったのだと思います。

早期退職には、失敗したときにどうするかをある程度考えることができた。

起業には、それができなかった。

だから私は会社を辞めることはできても、起業には踏み出せませんでした。

私は「失敗」が怖いわけではない

今回、自分のことをいろいろ考えていて、一つ気づいたことがあります。

私は失敗すること自体が、それほど怖いわけではないようです。

怖いのは、

「失敗した。その後、どうすればいいのか分からない」

という状態です。

次の一手があれば、失敗してもいい。

その手を打てばいいからです。

もちろん、その手もうまくいかないかもしれません。

そうしたら、また次の手を考えればいい。

でも、今の時点で、

「失敗したらどうする?」

と自分に聞いたとき、

「分からない」

となってしまうことには、かなり恐怖を感じます。

だから私は、何かをするとき、まず悪いほうから考えることが多いのだと思います。

投資でも、まず下がったときのことを考える

これは私の投資のやり方にも表れています。

私は、

「この株はこれから上がる」

「来月には○ドルになる」

と予想して、それを当てるような投資はしたくありません。

もちろん、この先どうなるだろうと考えることはあります。

でも、予想を当てることを前提に投資方法を組み立てたくないんです。

私が考えるのは、

下がったらどうするか。
上がったらどうするか。

です。

特に最初に考えるのは、悪いほうです。

株価が下がったら、次はどうする。

さらに下がったら、次はどうする。

自分が損をする方向へ動いたときに、どんな手を打つのか。

そこを先に考えます。

そのうえで、逆に株価が上がっていったらどうするのかも考えます。

未来の株価を当てるのではなく、

実際に起きたことに対して、自分の次の一手を変えていく。

私は、そんなやり方のほうが好きです。

もちろん、どんな投資方法でも想定を超える損失はあり得ます。次の一手を考えておけば損をしない、という話ではありません。

あくまで、これが私の考え方です。

人生も、投資と少し似ている

こうして考えてみると、私は人生についても似たようなことをしているのかもしれません。

未来に何が起こるかなんて分かりません。

ライフプランを作ったからといって、その通りに人生が進むわけでもありません。

もし計画よりお金が足りなくなったら、生活費を減らすこともできます。

もっと大変なことが起きて、老後資金が足りなくなれば、働くことを考えるかもしれません。

それでもどうにもならなければ、そのとき利用できる公的な制度を調べることも考えるでしょう。

逆に、想像していたよりお金が余ったらどうするのか。

それはあまり細かく考えていません。

そのとき考えればいいと思っています。

私はどうも、良いことが起きた場合より、悪いことが起きた場合のほうを先に考える性格のようです。

最悪を考えるのは、やらないためではない

「そんなに悪いことばかり考えていたら、何もできないじゃないか」

と思う人もいるかもしれません。

確かに、そういう面もあると思います。

実際、私は起業しませんでした。

ただ、不思議なことに、

「あのとき、もっとリスクを取ってやっておけばよかった」

という後悔は、今のところほとんどありません。

起業についても、

「やっておけばよかった」

とは思っていません。

自分には、そのリスクを取れなかった。

それだけです。

一方で、早期退職はしました。

私の場合、最悪のことを考えるのは、必ずしも「やらない理由」を探すためではないようです。

むしろ、

「これが失敗しても、次はこうすればいい」

と思えるところまで考えることで、動けるようになるのだと思います。

飛び込める人は、やっぱりかっこいい

だからといって、私と同じように考えたほうがいいとは思っていません。

世の中には、

「失敗したときのことなんて、そのとき考えればいい」

と飛び込める人がいます。

私は、そういう人を素晴らしいと思います。

そして、そういう人だからこそ、大きな成功をつかめることもあるのだと思います。

リスクを取らなければ、大きなリターンも得にくい。

これは投資でも同じです。

ただ、その裏側には、大きなリスクを取って大きく失敗した人もいるのでしょう。

私は、そのリスクを取れる人間ではありませんでした。

それは良いとか悪いとかではなく、たぶん私の性格なんだと思います。

育ってきた環境や、これまで経験してきたこと。

いろいろなものが積み重なって、今の私の考え方になっているのでしょう。

大成功より、「次の一手」が残る人生を選ぶ

もし、

「大成功する可能性はあるけれど、失敗したらすべてを失うかもしれない人生」

と、

「大成功はしないかもしれないけれど、失敗しても次の一手が残る人生」

のどちらかを選ぶとしたら。

難しい質問ですが、おそらく私は後者を選びます。

すべてを失うことに、私は恐怖を感じます。

だったら、大成功できなくてもいい。

失敗したら、次の手を打つ。

それも失敗したら、また考える。

もし準備していた手が全部なくなってしまったら、そのときはそのときで、何か別の手を探す。

今は見えていない手が、その状況になったら見つかることもあると思っています。

私は、決して勇気がある人間ではありません。

むしろ臆病です。

でも今考えると、臆病だから何もできなかったのではなく、臆病な自分でも動けるように、次の一手を考えてきたのかもしれません。

49歳で会社を辞められたのも、勇気があったからではありません。

辞めても生きていけるように準備したからです。

私は、失敗しない人生を作りたいわけではありません。

そんなことは、おそらくできません。

それよりも、

失敗しても「さて、次はどうするか」と考えられる人生。

そして、できることなら、そのときに打てる手が一つでも残っている人生。

私は、そんな生き方のほうが自分には合っているように思います。

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