「何歳まで生きたい?」56歳の私は、寿命より「自分でできること」を大切にしたい

人間関係・家族・孤独

私は現在56歳です。

先日ふと、

「自分は何歳まで生きたいんだろう?」

と考えてみました。

最初に思ったのは75歳くらいでした。

でも、さすがに75歳は少し早いかなと思い直して、80歳くらい。

では、80歳になったら人生が終わってもいいと思っているのか。

よく考えてみると、そういうことでもありませんでした。

80歳を超えても元気で、自分の足で歩いて、自分のことを自分でできるのであれば、もちろん生きていたいです。

結局、私が気にしているのは年齢ではありません。

何歳まで生きるかよりも、どんな状態で生きられるのか。

そちらの方が大切なのだと思います。

私の周りでは、80歳くらいから体が弱ってくる人が多い

なぜ私が80歳くらいを一つの目安として考えるのか。

これは統計などを調べて出した数字ではありません。

あくまで、私が周りの人たちを見て感じていることです。

特に男性の場合、80歳を超えてくると足腰が弱くなったり、体のいろいろなところにガタがきたり、病気になったりする人が多いように感じます。

もちろん、80歳を超えても元気な人はたくさんいるでしょう。

だから、

「80歳になったら人生は終わりでいい」

と言っているわけではありません。

80歳でもピンピンして、自分で歩いて、自分のことができるのであれば、私だって生きていたいです。

90歳でも元気なら、そのときは生きていたいと思うかもしれません。

何歳まで元気でいられるのかは、今の私には分かりません。

私にとって大切なのは「自分のことを自分でできること」

では、何ができなくなったら、

「もう十分かな」

と思うのか。

私の場合は、かなり基本的なことです。

自分で歩けること。

自分で食事ができること。

自分で排泄ができること。

そして、認知機能が保たれて、自分で物事を考えたり判断したりできること。

こうしたことができるうちは、できるだけ普通に生活したいと思っています。

反対に、歩くこともできない。

食事も自分ではできない。

排泄も自分ではできない。

自分が何をしているのかも分からなくなってくる。

そこまでいけば、私は「できるだけ長く生きたい」とは、あまり思わないような気がします。

もちろん、実際にその状態になったときに自分がどう思うのかは分かりません。

56歳の今だから言えることなのかもしれません。

それでも、今の私が考えているのはそういうことです。

元気に動ける時間には限りがある

こういうことを考えると、改めて思います。

元気に動ける時間は、人生そのものより短い。

私は100歳までのライフプランを作っています。

でも、それは100歳まで今と同じように元気に旅行へ行ったり、好きなことをしたりできるという意味ではありません。

お金は100歳まで必要になるかもしれません。

一方で、元気に動いて楽しめる時間が何歳まで続くのかは分かりません。

だから私は、元気なうちにやりたいことをやっておきたいと思っています。

旅行へ行きたいなら、行けるうちに行く。

やってみたいことがあるなら、できるうちにやる。

もちろん、お金を無計画に使うという意味ではありません。

私は今でもライフプランの範囲を意識しています。

その範囲の中で、

「いつかやろう」ではなく、元気な今だからできることにはお金を使う。

そう考えています。

母のことをやっているときに思ったこと

もう一つ、老後について私が考えるようになったきっかけがあります。

母のことです。

私は母のことで、いろいろなことをやりました。

妻も一緒にやってくれました。

そのときに感じたのが、

家族が介護するというのは、やはりつらい部分がある

ということでした。

家族だからやる。

それはあると思います。

でも、家族だからこそ難しいこともあります。

介護は仕事ではありません。

親子や夫婦には、それまでの長い関係があります。

そこに感情が入ります。

毎日いろいろなことをやっていると、疲れることもあります。

イライラすることもあります。

怒りが出てしまうこともあります。

「親なんだから優しくしなければ」

と思っていても、いつもそうできるとは限りません。

これは実際にやってみて感じたことです。

「自分の子供には、これをさせたくない」と思った

母のことをやっている最中に、私は思いました。

「自分がこうなったときには、子供には同じことをさせたくないな」

と。

母の介護がすべて嫌だった、という話ではありません。

自分の親ですから、できることはやります。

妻もいろいろやってくれました。

ただ、実際に経験したからこそ、介護する側の大変さも分かりました。

だから、自分が介護される側になったときには、できるだけ子供たちに背負わせたくありません。

子供たちには、子供たちの生活があります。

仕事もあるでしょう。

家庭もあります。

その生活を犠牲にしてまで、私たち夫婦の介護をしてほしいとは思いません。

介護は、できれば専門家にお願いしたい

私は妻にもこの話をしています。

妻も母のことを一緒にやってくれたので、考え方は似ています。

自分たちが介護を必要とする状態になったら、

できれば施設や介護の専門家にお願いしたい。

私たち夫婦はそう考えています。

専門家にお願いすれば何も問題がない、ということではないでしょう。

施設にもいろいろあるでしょうし、そのときに希望する施設へ入れるのかも分かりません。

費用がどれくらい必要になるのかも、そのときにならないと分かりません。

それでも私は、家族だけで介護を抱えるより、専門家に仕事としてお願いする方を優先したいと思っています。

介護を仕事としている方には、知識も経験もあります。

そして何より、家族とは立場が違います。

家族が介護すると、どうしても感情が入ります。

だからこそ、つらくなることもある。

それを私は自分の経験から感じています。

子供にお金を残すために、子供に介護してもらう必要はない

施設に入ったり専門家にお願いしたりすれば、当然お金がかかります。

でも、それは自分たちのお金を使えばいいと思っています。

子供にできるだけ多くのお金を残すために、施設に入らず、子供たちに介護してもらう。

私は、そうしたいとは思いません。

おそらく子供たちも、

「自分たちが介護するから、そのお金は残しておいて」

とは言わないのではないかと思っています。

もちろん、そのときにならなければ分かりません。

でも、普通に考えれば子供には子供の人生があります。

だったら私たちが持っているお金を使って、必要な介護を受ければいい。

自分たちの老後のために貯めたお金なのですから、自分たちの介護に使うことに抵抗はありません。

残ったものがあれば、子供たちに残せばいい。

私はそのくらいに考えています。

長生きそのものを目標にはしていない

世の中では、

「人生100年時代」

という言葉をよく聞きます。

100歳まで生きる可能性を考えて、お金を準備しておくことは大切だと思います。

私自身も100歳までライフプランを作っています。

でも、

100歳まで生きること自体を目標にしているわけではありません。

80歳でも90歳でも、元気なら生きていたい。

自分で歩いて、自分で食べて、自分のことを自分でできる。

そんな生活が続くのであれば、何歳まででも生きればいいと思います。

逆に、何歳まで元気でいられるのかは分かりません。

だからこそ、私は56歳の今を大切にしたいと思っています。

お金は長生きに備える。でも、楽しみは先送りしすぎない

老後のお金を考えるとき、難しいところがあります。

自分が何歳まで生きるのか分からない以上、お金は長生きする前提で準備しておいた方がいい。

だから私は100歳まで考えています。

でも、楽しみまで100歳まで均等に残しておく必要はないと思っています。

80歳の自分にお金があっても、今と同じように旅行できるとは限りません。

今食べられるものが、そのときも食べられるとは限りません。

今行きたいと思っている場所に、そのときも行きたいと思っているかも分かりません。

だったら、

元気な今だからできることは、今やればいい。

もちろん、将来困らない範囲でです。

私は長生きする可能性にはお金で備えます。

でも、

長生きするために、今の楽しみを全部先送りするつもりはありません。

何歳まで生きるのか。

私には分かりません。

75歳かもしれない。

80歳かもしれない。

90歳を超えても元気に歩いているかもしれません。

だから私は、「何歳まで生きたいか」という数字には、それほどこだわらなくてもいいのかなと思っています。

それよりも、

自分のことを自分でできるうちに、自分のやりたいことをやっておく。

そして、いつか自分でできなくなったときには、できるだけ家族だけに背負わせず、自分のお金を使って専門家の力を借りる。

今の私が考えている老後は、そんな感じです。

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