「予定のない一日」が私は好きだ。何もしなくても人生は無駄にならない

時間の使い方・マインドセット

朝起きて、

「今日は何も予定がない」

そう思うと、私は嬉しくなります。

どこかへ出かける予定があるわけでもありません。

誰かと会うわけでもありません。

何か特別なことをするわけでもありません。

本当に、何も予定がない。

それが嬉しいんです。

早期退職して7年以上が経ちました。

会社員だったころと今では、時間に対する感覚がずいぶん変わったように思います。

昔は、時間があっても心から自由ではありませんでした。

今は違います。

何時までに何かをしなければならないわけでもない。

今日中に何かを終わらせる必要もない。

何もしなくても誰にも怒られない。

そんな一日が、私は好きです。

今日も、特に何も予定がありません

実は今日も、特に予定はありません。

朝起きたら、妻と朝ごはんを食べます。

食べ終わったら食器を洗って、歯を磨く。

その後はブログを書いたり、株の状況を見たり、YouTubeを見たりします。

お昼くらいになったら妻と昼食を食べます。

そして昼寝。

起きたら、またYouTubeを見たり、ブログを書いたりします。

夕方になると散歩に出かけます。

今は暑いので、帰ってきたらシャワーを浴びます。

そうこうしているうちに夕方です。

それからビールを飲んで、夕食を食べます。

食器を洗ったら、またYouTubeを見たり、ブログを書いたり。

そして夜10時半くらいには寝ます。

これで一日が終わります。

こうやって文章にしてみると、

本当に大したことは何もしていません(笑)。

でも、私はこういう一日が好きなんです。

「今日は何もできなかった」と思ったことがない

人によっては、こんな一日を過ごしたら、

「今日は結局、何もできなかった」

と思うかもしれません。

せっかくの一日だったのに、YouTubeを見て昼寝をして終わってしまった。

もっと有意義なことをすればよかった。

そう感じる人もいるでしょう。

でも、私はそう思ったことがありません。

そもそも、

「今日は何かをしなければならない」

と思っていないからです。

一日の成果も求めていません。

昨日より成長しなければいけないとも思いません。

何かを達成しなければ、その一日に価値がないとも思いません。

私の感覚としては、

別に、生きていればそれでいいんじゃないかな。

そんな感じです。

他人から見たら「暇な生活」かもしれない

私の一日を読んで、

「そんな毎日、暇じゃないの?」

と思う人もいるでしょう。

「せっかく早期退職して自由な時間があるのに、もったいない」

と思う人もいるかもしれません。

確かに、他人から見れば暇な生活なのかもしれません。

でも、私自身は暇だとも、時間がもったいないとも思っていません。

これでいい、ではなく、これがいいんです。

ここは結構大きな違いだと思っています。

本当は旅行したい。

本当は趣味を楽しみたい。

本当は人と会いたい。

でも、何もできずに家にいる。

それなら不満がたまるでしょう。

私の場合は違います。

今の生活そのものが好きなんです。

予定が増えると、少し心が重くなる

むしろ私は、予定がたくさん入ってくる方が苦手です。

「○日の○時に、ここへ行かなければならない」

「明日はこれをしなければならない」

「来週はこれがある」

そんな予定が増えてくると、少しずつ心が重くなります。

もちろん、予定が全部嫌なわけではありません。

自分が行きたい旅行など、楽しみにしている予定もあります。

でも、何かをしなければならない予定が続くのは好きではありません。

だから私にとって、

「今日は何も予定がない」

というのは、退屈を意味する言葉ではありません。

むしろ、

「今日は一日、自分の好きなように時間を使える」

という意味です。

それが心地いいんです。

会社員時代の休日は、あまり嬉しくなかった

会社員だったころにも、もちろん休日はありました。

でも、不思議なことに、休日そのものはそれほど嬉しくありませんでした。

嬉しかったのは、休日に入る前です。

金曜日の仕事が終わって、

「明日は休みだ」

と思っているときは嬉しい。

ところが、実際に休日になると違います。

今度は、休日が終わったあとの仕事が気になり始めます。

「また仕事が始まる」

そのことが頭にあるんです。

だから、

「せっかくの休日だから有効に使おう」

なんて考えられるような心境でもありませんでした。

予定があっても、なくても同じです。

休みなのに、心のどこかには仕事がある。

今考えると、体は休んでいても、気持ちは完全には仕事から離れていなかったのだと思います。

今は「休みが終わる」という感覚がない

今は違います。

今日、何も予定がない。

明日も何も予定がないかもしれない。

それで構いません。

会社員時代の休日には終わりがありました。

休日の先には、必ず仕事が待っていました。

だから休みながらも、

「あと一日」

「もう夕方か」

と、無意識に残り時間を気にしていたのかもしれません。

今は、そのカウントダウンがありません。

今日が終わったら、また明日が来る。

明日になっても、嫌な仕事が待っているわけではありません。

だから私は、何も予定のない一日を、そのまま楽しめるようになったのだと思います。

人生は毎日「充実」していなければいけないのか

「充実した毎日」

という言葉があります。

旅行へ行く。

趣味を楽しむ。

友達と会う。

新しいことに挑戦する。

資格の勉強をする。

運動する。

地域活動に参加する。

そういう毎日を楽しいと思う人もいるでしょう。

それはそれでいいと思います。

でも、それだけが充実した人生なのでしょうか。

朝、妻とご飯を食べる。

ブログを書く。

株を見る。

YouTubeを見る。

昼寝をする。

散歩をする。

ビールを飲む。

そして寝る。

私は、それでも十分なんです。

他人から見れば、

「何もしていない一日」

なのかもしれません。

でも私からすれば、

自分が好きなように一日を使った。

それだけで十分です。

目標だって、無理に作らなくていい

「人生には目標が必要だ」

という話もよく聞きます。

特に定年退職した後は、

「生きがいを見つけましょう」

「趣味を持ちましょう」

「社会とのつながりを持ちましょう」

などと言われます。

もちろん、それをやりたい人はやればいいと思います。

私も、目標を持つことが悪いとは思っていません。

この先、

「これをやってみたい」

と思うものが出てくるかもしれません。

そのときは、それを目標にすればいい。

そして、その目標を達成するために日々やればいいだけです。

でも、何もやりたいことが出てこなかったら?

それはそれでいいんじゃないでしょうか。

目標がないことを不安に思って、無理やり目標を作る必要はないと私は思っています。

この生活が10年、20年続いても構わない

今の生活が、この先10年、20年続いたらどう思うか。

私は別に、それでも構いません。

朝起きて妻とご飯を食べる。

好きなことをして過ごす。

昼寝をする。

散歩する。

夕食を食べる。

そして寝る。

そんな毎日が続いてもいい。

もちろん、途中で何かやりたいことが見つかればやります。

旅行へ行きたくなれば行く。

新しいことを始めたくなれば始める。

でも、

「10年後には、今より立派な人間になっていなければ」

とは思いません。

今の生活に満足しているのなら、それを続ければいい。

私はそう思っています。

「何もしない一日」は、本当に無駄なのか

会社員だったころは、時間の多くを会社に使っていました。

仕事をして、家に帰って、寝る。

休日になっても、その先に待っている仕事のことが頭から離れない。

今は、自分の時間を自分で決められます。

だからこそ分かったことがあります。

時間は、何かをするためだけにあるのではない。

何もしない自由もあります。

昼寝をしてもいい。

YouTubeを見てもいい。

ぼーっとしていてもいい。

その一日で何も成し遂げなくてもいい。

本人がそれを心地いいと思っているのであれば、他人が「もったいない」と決めることでもないでしょう。

私は朝起きて、

「今日は何も予定がない」

と思うと嬉しくなります。

そして夜になっても、

「今日は何もできなかった」

とは思いません。

明日も特に予定がない。

それなら、それでいい。

何かやりたいことができたら、そのときやればいい。

できなければ、今の生活を続ければいい。

毎日に成果がなくてもいい。

人生に、いつも目標がなくてもいい。

別に、生きていればそれでいいんじゃないでしょうか。

少なくとも私は、

「予定のない一日」を、これからも楽しんで生きていきたいと思っています。

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