逃げるなら、逃げられるうちに。仕事で追い詰められた私が今になって思うこと

時間の使い方・マインドセット

「若いうちは苦労を買ってでもしろ」

昔からよく言われる言葉です。

確かに、苦労したことで何かを学ぶことはあると思います。

私自身、会社員時代にはいろいろな苦労をしました。その経験がまったく無駄だったとは思いません。

ただ、今になって思うことがあります。

苦労なら、何でも耐えればいいのでしょうか。

私はそうは思いません。

特に、自分の心や体が壊れてしまうほどつらいのであれば、逃げることも一つの道だと思っています。

そして私自身の経験から、もう一つ思うことがあります。

逃げるなら、逃げられるうちに逃げた方がいい。

追い詰められてしまうと、逃げ道そのものが見えなくなることがあるからです。

苦労をした先に何があるのか、私には分からない

「若いうちは苦労を買ってでもしろ」と言います。

でも私は、この言葉を聞くと少し疑問に思います。

苦労をしたら、その先に何があるのでしょうか。

人間として成長するのでしょうか。

幸せな人生が待っているのでしょうか。

もちろん、苦労したことで何かを学んだり、その後の人生に役立ったりすることはあると思います。

だから、

「苦労なんて必要ない」

とも私は言い切れません。

一方で、

「苦労した方がいい」

とも言い切れません。

そもそも、生きていて何一つつらい経験をせずに一生を終えることはできるのでしょうか。

長く生きていれば、こちらから苦労を探しに行かなくても、何かしらつらいことは起きるように思います。

だったら、わざわざ苦労を買いに行かなくてもいいんじゃないか。

私はそんなふうに思います。

やりたいことをやっていれば、困難は自然にやってくる

ただ、すべての苦労を避けた方がいいと思っているわけではありません。

私が会社員だったころ、営業成績を上げるために一生懸命やっていた時期があります。

当然、楽しいことばかりではありません。

思うように売れない。

お客さんに断られる。

どうすれば成績を上げられるのか分からない。

つらいこともありました。

でも、そのころのつらさには、別の感情も一緒にありました。

もっと売りたい。

どうすれば売れるんだろう。

次はこうしてみよう。

そんなやる気もありました。

だから、つらいながらも何とかやっていけましたし、ある意味では楽しく仕事をすることもできました。

考えてみると、これは「苦労しよう」と思って苦労したわけではありません。

自分がやりたいことの前に、困難が立ちはだかっただけです。

それをどうやって乗り越えるのか考える。

やってみる。

失敗したら、また考える。

そういう経験は、してもよかったと思っています。

というより、何かやりたいことがあれば、こうした困難は自然に出てくるものなのかもしれません。

私が会社を辞める原因になった苦労は違った

一方で、私が最終的に会社を辞める原因になった仕事のつらさは、営業時代のものとはまったく違いました。

一言で言えば、

八方塞がりでした。

失敗は許されない仕事を任されていました。

当然、会社には守らなければならないルールがあります。

一方で、お客さんからの要望もあります。

どちらにも応えなければなりません。

ところが、

会社のルールを守れば、お客さんを怒らせる。

お客さんを優先すれば、会社のルールを破ることになる。

そんな状況に陥ることがありました。

「では、どうすればいいのか」

考えても、答えがない。

私には、綱渡りをしているような感覚でした。

営業のころなら、

「どうすれば売れるだろう」

と考えることができました。

そこにはまだ、自分で工夫する余地がありました。

でも、このときは違いました。

どちらへ行っても問題になる。

ただ精神をすり減らしていくような状態でした。

今振り返ると、この苦労については、

「経験してよかった」

とは思いません。

正直、経験する必要はなかったと思っています。

心や体を壊してまで耐える必要があるのか

苦労やつらいことには、限度があると思います。

多少つらくても、その中に面白さがある。

やってみたいという気持ちがある。

何とか乗り越えてみたいと思える。

そういう状態なら、頑張ってみてもいいと思います。

でも、

つらくて、つらくて仕方がない。

精神がすり減っていく。

体までおかしくなりそうだ。

そこまで追い詰められているのに、

「逃げてはいけない」

「ここで逃げたら負けだ」

「苦労は自分を成長させる」

と考えて耐え続ける必要があるのでしょうか。

私は、そこまでやる必要はないと思います。

自分が壊れてしまいそうなら、逃げることも一つの道です。

でも、追い詰められると逃げ道が見えなくなる

そう言うと、

「だったら、あなたももっと早く逃げればよかったじゃないか」

と思うかもしれません。

その通りです。

今の私なら、もっと早く逃げておけばよかったと思います。

でも、当時はそれができませんでした。

なぜか。

追い詰められていくと、周りが見えなくなっていくからです。

最初は、

「まだやれる」

と思っていました。

だからやりました。

もう少し頑張れば何とかなる。

そう思って続けました。

ところが、どんどん追い込まれていく。

そして、

「もうダメだ」

と思ったころには、逃げる方法そのものが分からなくなっていました。

今なら、追い詰められた人がどうしてそこまで行ってしまうのか、少し分かるような気がします。

外から見れば、

「会社なんて辞めればいいじゃないか」

「そんな仕事から逃げればいい」

と思うかもしれません。

でも、本人にはそれが見えなくなっていることがあります。

私自身がそうでした。

私は逃げるのが遅すぎた

最終的に私は我慢の限界になり、

「担当を変えてほしい」

と会社に伝えました。

ところが、変えてもらえませんでした。

理由は、

代わりがいないから。

私はその仕事を長く担当しすぎていました。

そのため、簡単に交代できる人がいなくなっていたのだと思います。

そして私は、

「もうどうしようもない」

と思って、そのまま続けました。

今の自分が当時と同じ状況になったらどうするだろう、と考えてみても、おそらく同じように続けると思います。

代わりがいない。

会社も変えてくれない。

周りに言っても状況は変わらない。

そこまで行ってしまえば、私の場合はやってしまうと思います。

だから私が今思うのは、

もっと早く言えばよかった。

ということです。

逃げるとは、会社を辞めることだけではない

当時の私には、「逃げる」という選択肢がよく見えていませんでした。

でも、今考えればいろいろあったと思います。

もっと早く担当を変えてもらう。

別のお客さんを担当させてもらう。

転勤を考える。

それでもどうにもならなければ、会社を辞めることも考える。

逃げるというと、

「すべてを投げ出して会社を辞める」

というイメージになりがちです。

でも、そんな極端な話ではないと思います。

今いる場所から少し離れるだけでも、一つの逃げ道です。

私の場合、もっと早い段階で担当変更を申し出ていたら、変えてもらえたかもしれません。

もちろん、今となっては分かりません。

それでも、限界になるまで我慢する前に、

「ここがダメだったら、次はどうするか」

という選択肢を持っておけばよかったと思います。

苦労は、わざわざ買わなくてもやってくる

「若いうちは苦労を買ってでもしろ」

私は、この言葉が間違っているとは言いません。

苦労から学ぶこともあるでしょう。

苦労した経験が、その後の人生で役立つこともあると思います。

ただ、私自身は、

わざわざ苦労を買いに行く必要はないんじゃないか

と思っています。

自分がやりたいことをやっていれば、その前には何かしら困難が出てきます。

それを乗り越えようとする。

考える。

試してみる。

失敗する。

また考える。

それだけでも、十分いろいろな経験をするのではないでしょうか。

そして、生きていれば、自分が望んでいないつらいことだって起きます。

だから私は、苦労そのものを目的にする必要はないと思っています。

逃げ道は、元気なうちに考えておく

今回、自分の会社員時代を振り返って改めて思ったことがあります。

逃げ道は、限界になってから探すものではないのかもしれません。

まだ、

「もう少し頑張れる」

と思っているとき。

まだ周りを見る余裕があるとき。

その段階で、

「もしダメだったらどうしよう」

と考えておく。

担当を変えてもらう。

異動する。

転勤する。

会社を辞める。

実際に逃げるかどうかは、そのとき決めればいい。

ただ、

「逃げるという選択肢もある」

と知っているだけでも違うと思います。

私は、それを持つのが遅すぎました。

苦労することが悪いとは思いません。

逃げることが正しいとも言い切れません。

どこまで頑張るかも、人によって違うでしょう。

でも、自分の心や体を壊してしまうほど追い詰められているのであれば、そこから離れる道を考えてもいい。

そしてできることなら、そこまで追い詰められる前に考える。

今の私が会社員だったころの自分に何か言えるとしたら、

「まだ大丈夫だと思っている今のうちに、逃げ道も考えておけ」

そう言うと思います。

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