定年後の生活について調べていると、
「退職後は生きがいを見つけましょう」
「仕事以外の趣味を持ちましょう」
「社会とのつながりを持ちましょう」
そんな話をよく目にします。
確かに、仕事を辞めた途端にやることがなくなってしまい、毎日がつまらなくなってしまう人もいるのかもしれません。
でも私は、少し違った考えを持っています。
生きがいって、わざわざ探して見つけるものなのでしょうか。
私は49歳で早期退職して、7年以上会社員として働いていません。
そんな私に、
「あなたの生きがいは何ですか?」
と聞かれたら、少し困ります。
株でしょうか。
ブログでしょうか。
家庭菜園でしょうか。
旅行でしょうか。
どれも楽しいですが、一つを選んで「これが私の生きがいです」とは、あまり思いません。
私にとっては、
今の日々の生活そのものが、生きがいなのかもしれません。
今回は、そんな「生きがい」について考えてみたいと思います。
そもそも「生きがい」とは何だろう
まず、生きがいとは何でしょうか。
私は、
生きていることに価値や喜びを与えてくれるもの
なのではないかと思っています。
そう考えると、私には生きがいがたくさんあります。
株を見ることも楽しい。
ブログを書くことも楽しい。
家庭菜園をするのも楽しい。
YouTubeを見るのも好きです。
散歩もします。
夜にビールを飲むのも楽しみです。
旅行へ行ったり、妻と食事に行ったりすることもあります。
どれも誰かにやらされているわけではありません。
自分がやりたいからやっています。
そして、それぞれに小さな楽しさや喜びがあります。
だったら、
これらを全部含めた「毎日の生活」が、私の生きがいなのではないか。
今はそんなふうに思っています。
生きがいを一つに決めなくてもいい
「あなたの生きがいは何ですか?」
と聞かれると、何か立派な答えをしなければならないような気がします。
「仕事です」
「家族です」
「孫です」
「趣味です」
もちろん、それでいいと思います。
ただ、私は生きがいを一つに決めなくてもいいと思っています。
朝起きて、今日は株を見よう。
ブログを書こう。
家庭菜園をしよう。
YouTubeを見よう。
何もしたくなければ昼寝しよう。
夕方になったら散歩しよう。
そして夜になったらビールを飲もう。
そんな一日の中に、小さな楽しみがいくつもある。
それなら、
「私には特別な生きがいがない」
と悩む必要はないのではないでしょうか。
株もブログも家庭菜園もできなくなったら?
では、今楽しんでいることができなくなったらどうでしょう。
株ができなくなった。
ブログもやめた。
家庭菜園もできなくなった。
それで私は、
「生きがいを失ってしまった」
と思うでしょうか。
たぶん、そうはならないと思います。
まだYouTubeがあります。
散歩もあります。
夜にビールを飲む楽しみもあります。
そして、今やっていることがなくなったら、また別のことを始めるかもしれません。
例えば、
「FXでもやってみようかな」
と思うかもしれません。
ブログを書くのが嫌になったら、
「今度はYouTube動画でも撮ってみようかな」
と思うかもしれません。
大切なのは、
「次の生きがいを見つけなければ」
と必死にならないことだと思っています。
「ちょっとやってみようかな」でいい
私は、無理に何かを探す必要はないと思っています。
ある日、
「これ、ちょっとやってみようかな」
と思った。
だったら、やってみればいい。
やってみたら面白かった。
それなら続ければいい。
面白くなかった。
それならやめればいい。
そしてまた何かに興味を持ったら、やってみる。
そのくらいでいいのではないでしょうか。
最初から、
「これは私の生きがいになるだろうか」
なんて考える必要はありません。
やりたいからやる。
楽しいから続ける。
気がついたら、それが毎日の楽しみになっていた。
それが結果として「生きがい」と呼べるものになる。
私は、そのくらい自然なものでいいと思っています。
「生きがいを見つけなければ」も一つの縛りになる
定年後、
「何か趣味を持った方がいい」
「社会とつながった方がいい」
「ボランティアをしてみたら」
「新しいことを勉強した方がいい」
と言われることもあるでしょう。
もちろん、本人がやりたいならやればいいと思います。
でも、
「定年後には生きがいが必要だから」
という理由だけで無理に始める必要があるのでしょうか。
仕事を辞めたのに、
「生きがいを見つけなければならない」
という新しい義務を自分で作ってしまう。
それでは少し苦しいような気がします。
せっかく仕事を辞めたのですから、もっと自由でいいのではないでしょうか。
やりたいことが見つかったらやる。
見つからなければ、無理に探さない。
私はそれでいいと思います。
テレビを見て、ご飯を食べて、散歩して寝るだけでもいい
例えば65歳で定年した人がいたとします。
趣味は特にない。
朝起きてテレビを見る。
ご飯を食べる。
散歩する。
またテレビを見る。
夜になったらご飯を食べて寝る。
そんな毎日です。
「こんな生活でいいのだろうか」
と周りは思うかもしれません。
でも私は、
本人が楽しいのであれば、それでいいのではないか
と思います。
他人から見て充実しているかどうかは、それほど重要ではありません。
本人が、
「今日もいい一日だったな」
と思っている。
テレビを見るのが楽しい。
ご飯がおいしい。
散歩が気持ちいい。
夜、布団に入るのが心地いい。
それなら、その毎日の生活自体が生きがいと言ってもいいのではないでしょうか。
問題なのは、本人がその生活を苦痛だと感じているとき
一方で、同じ生活でも、
「毎日つまらない」
「やることがなくて苦痛だ」
「このまま何年も過ごすなんて嫌だ」
と思っているのであれば、少し話は違います。
その場合は、自分の行動を少し変えてみればいいと思います。
なぜなら、
自分で一番変えやすいのは、自分の行動だからです。
他人がどうするか。
世の中がどうなるか。
そんなことは自分ではコントロールできません。
でも、自分が今日何をするかは、ある程度自分で決めることができます。
少し遠くまで散歩してみる。
行ったことのない店に入ってみる。
気になっていたことを調べてみる。
昔やってみたかったことを少しだけやってみる。
何でもいいと思います。
「生きがいを探そう」
と大げさに考えるのではなく、
苦痛なら、自分で変えられるところを少し変えてみる。
それで十分ではないでしょうか。
生きがいは「作るもの」ではなく「結果的に見つかるもの」
今回、生きがいについて考えていて、私は一つ思ったことがあります。
生きがいというのは、
作ろうとするものではなく、結果的に見つかるものなのかもしれません。
最初から、
「老後の生きがいはこれにしよう」
と決める必要はない。
なんとなく興味を持った。
ちょっとやってみた。
意外と面白かった。
また明日もやりたくなった。
それを何年も続けている。
後から振り返ったら、
「あれが自分の生きがいだったのかな」
と思う。
それくらいでいいような気がします。
私自身、早期退職したときに、
「これからの生きがいを見つけよう」
と思ったことはありません。
普通に毎日を過ごしてきただけです。
それでも今、
「あなたの生きがいは何ですか?」
と聞かれたら、
「今の生活そのものです」
と答えられるような気がします。
できることは、年齢とともに減っていく
今は株もできます。
ブログも書けます。
家庭菜園もできます。
散歩もできます。
旅行にも行けます。
でも、これがずっと続くとは思っていません。
80歳、90歳になれば、今できていることができなくなるかもしれません。
長い距離を歩けなくなるかもしれない。
家庭菜園ができなくなるかもしれない。
旅行が面倒になるかもしれない。
ブログを書く気力もなくなるかもしれない。
できることは、少しずつ減っていくのでしょう。
そのたびに、
「生きがいを失った」
と思っていたら、年を取ることが怖くなってしまいます。
だから、生きがいを特定の何か一つに決めなくてもいいのではないかと思っています。
できなくなったら、できることを楽しむ。
楽しみが変わったら、それに合わせる。
それでいいと思います。
最後は「生きていること」が生きがいになればいい
そして、もっと年を取ったらどうなるでしょう。
特別な趣味もない。
旅行にも行かない。
散歩もできない。
一日のほとんどを家で過ごす。
そんな生活になるかもしれません。
そのときでも、
朝、目が覚める。
そして、
「ああ、今日も生きている」
と思う。
それをうれしいと感じられたら。
私は、それが一番いいのではないかと思います。
生きがいとは、生きていることに価値や喜びを感じさせてくれるものだとするなら、
生きていることそのものに喜びを感じられれば、それ自体が生きがいです。
何かを成し遂げなくてもいい。
立派な趣味がなくてもいい。
社会の役に立つ活動をしていなくてもいい。
毎日充実した予定が入っていなくてもいい。
朝起きて、
「ああ、生きている。うれしいな」
と思える。
私は、そこまでいけたら最高だと思います。
生きがいを探すより、今日を普通に生きればいい
定年後や早期退職後に、
「生きがいを見つけなければ」
と焦る必要はないと思います。
今の生活が楽しいのであれば、そのままでいい。
テレビを見て、ご飯を食べて、散歩して寝るだけでもいい。
もし今の生活が苦痛なら、自分で変えられることを少しだけ変えてみる。
そして、
「これ、ちょっとやってみようかな」
と思うものが出てきたら、やってみる。
楽しかったら続ける。
飽きたらやめる。
また別のことをやる。
そんなことを繰り返しているうちに、結果として生きがいができるのではないでしょうか。
私自身、49歳で会社を辞めてから、生きがいを探したことはありません。
でも今は、毎日の生活そのものを楽しんでいます。
だから私にとっては、
日々の生活そのものが生きがいです。
そして、いつかもっと年を取って、今できていることがほとんどできなくなったとしても、
朝起きたとき、
「今日も生きている」
それだけで喜べるようになれたらいい。
生きがいは、無理に探して作るものではない。
毎日を自分なりに生きていれば、結果としてそこにあるものなのかもしれません。


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