人と会う楽しさより、心穏やかな毎日を選んだ

人間関係・家族・孤独

早期退職してから、人と会うことが本当に少なくなりました。

今では友人と呼べる人もいません。

でも、私はそれを寂しいとは思っていません。

むしろ会社を辞めて、人と接する機会が大きく減ってから気づいたことがあります。

人と会わなくなると、こんなにストレスが減るんだ。

私にとっては、これはかなり大きな発見でした。

会社員の頃は、人と接するのが当たり前だった

会社員であれば、人と接しないわけにはいきません。

上司がいて、同僚がいて、部下がいて、お客さんがいる。

毎日のように、いろいろな人と話します。

当然、楽しいこともありました。

仲の良かった同僚と仕事が終わってから飲みに行き、大騒ぎをして、楽しいひと晩を過ごしたこともあります。

今振り返っても、楽しい思い出です。

だから私は、人と接することが嫌いなわけではありません。

人と接するからこそ得られる楽しさがあることも分かっています。

ただ、楽しいことばかりではありませんでした。

退職して、人と会わなくなって気づいた

49歳で会社を辞めました。

すると、それまで毎日のようにあった人との接触が一気に減りました。

そこで感じたのが、

「ずいぶんストレスが減ったな」

ということでした。

そして会社員時代のことを思い返してみると、自分が抱えていたストレスや問題のかなりの部分に、人間関係が関わっていたことに気づきました。

人と接すると、自分の思ったとおりにならないことがたくさんあります。

自分と考え方が違う。

思ってもいなかったことを言われる。

こちらが期待したように動いてくれない。

それは当然です。

相手は自分ではありませんから。

でも、そういうことが起きると、私は心がザワザワします。

しかも、実際に起きたことだけではありません。

「あの人はどう思っているんだろう」

「今度こうなったらどうしよう」

「また何か起きるんじゃないか」

まだ起きてもいないことまで考えてしまいます。

いわゆる取り越し苦労です。

人と接することで一つの問題が起き、さらにそこからいろいろ考えてしまう。

それが私にとってはストレスになっていたのだと思います。

心がザワザワすることからは距離を置く

今は、自分の心がザワザワすることには、できるだけ近づかないようにしています。

何度も同じことを考えてしまう。

なんとなく落ち着かない。

不安な気持ちになる。

そんな状態になったら、

「今、自分の心が乱されているな」

と考えます。

人間関係が原因で、それが避けられるものであれば、私は距離を置きます。

無理して付き合い続けようとは思いません。

私は、これも心穏やかに暮らすために必要なことだと思っています。

距離を置けない問題もある

もちろん、すべての問題から離れられるわけではありません。

家族のことなど、自分から簡単に距離を置けない問題もあります。

そんなとき、私はまず自分の気持ちをそのまま受け止めるようにしています。

「ああ、今、自分は不安なんだ」

「このことで心がザワザワしているんだ」

まず、そこを認めます。

そして考えます。

なぜ自分は不安なんだろう。

自分は何が起きることを心配しているんだろう。

さらに、

それは本当に起きるんだろうか。

と考えてみます。

私の場合、不安の多くは取り越し苦労です。

まだ何も起きていないのに、

「こうなるんじゃないか」

「ああなるんじゃないか」

と先のことを考えて不安になっています。

だったら、本当にそうなるのかを考えてみる。

そして、

「もし本当に起きたら、そのとき自分はどうするか」

まで考えておきます。

起きたらこうしよう。

そこまで決めてしまうと、少し気持ちが落ち着きます。

人と会わなくなって、失ったものもある

ここまで書くと、

「やっぱり人とは付き合わない方がいい」

と言っているように聞こえるかもしれません。

私は、そうは思っていません。

人と接することには、間違いなく楽しさがあります。

私自身、会社員時代に同僚と飲みに行って、大騒ぎをして笑った時間は楽しかった。

今の生活には、そういう時間はありません。

人と会わなくなったことで、その楽しさは失いました。

これは人付き合いを減らしたデメリットだと思っています。

ただ、私の場合は、それでも今の方がいい。

人と接する楽しさを失うことよりも、人間関係によって心を乱されることが減った方が大きかったからです。

私は一人でも楽しい

これには、私の性格もかなり関係していると思います。

私は一人でも楽しめます。

家庭菜園をしたり、投資について調べたり、散歩をしたり。

特に誰かと一緒でなくても、それなりに楽しく過ごせます。

だから、人との付き合いを減らしたことで、

「毎日つまらなくなった」

とは感じませんでした。

もし私が、人と話したり、人と一緒に何かをしたりすることが何より楽しい人間だったら、今とは全く違う生活を選んでいたと思います。

これは、どちらが正しいという話ではありません。

人と接する楽しさと、人と接することで生まれるストレス。そのどちらを自分が大きく感じるのか。

人によって違うと思います。

私は後者を大きく感じる人間だった。

それだけです。

成長することより、心穏やかに暮らしたい

今の私は、

「もっと成長したい」

「もっと立派な人間になりたい」

「新しい能力を身につけたい」

とは、特に思っていません。

やりたいことをやって、その結果として知識や能力が身につくのであれば、それはそれでいいと思います。

でも、成長することを目的に何かを始めようとは思いません。

10年後の自分が今とほとんど変わっていなくても、私は構いません。

それよりも、

心穏やかに暮らしていたい。

今はそう思っています。

ただ、心穏やかに暮らすことも、何もしなくても自然にできることではないと思います。

心は勝手に乱れます。

不安にもなります。

取り越し苦労もします。

だから、自分の心がザワザワしていることに気づく。

離れられるものなら離れる。

離れられないなら、何を不安に思っているのか考える。

本当に起きるのか考える。

起きたらどうするのか考える。

そして、以前の記事にも書きましたが、実際に起きてしまって、自分にできることをやったのであれば、

「もう、しょうがない」

と手放す。

そんなことを繰り返しながら、できるだけ心穏やかに暮らしていければいい。

楽しさを増やすことだけが、人生を良くする方法ではない

人生を楽しくしようと思うと、

「新しいことを始めよう」

「友達を増やそう」

「いろいろなところへ出かけよう」

と、何かを増やす方向へ考えがちです。

それも一つの方法だと思います。

でも私は、逆の方法もあると思っています。

自分の心を乱すものを減らす。

人付き合いも、私にとってはその一つでした。

人と会う楽しさは減りました。

でも、その代わりに心穏やかな時間が増えました。

私は今のところ、その交換でよかったと思っています。

人との付き合いが大好きな人には、全く当てはまらない話かもしれません。

それでいいと思います。

私は人と接する楽しさよりも、心穏やかな毎日を選んだ。

ただ、それが私には合っていたというだけです。

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