半年以上先の町内会の組長が、もう気になる。心配性な私が思うこと

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私はかなりの心配性です。

最近も、まだ半年以上先のことなのに、すでに気になっていることがあります。

町内会の組長です。

来年の4月以降、どうやら私のところにも順番が回ってくるかもしれません。

まだ決まったわけでもありません。

それなのに、

「組長って何をするんだろう」

「いろいろ人と関わらないといけないのかな」

「面倒な仕事がたくさんあるんじゃないか」

そんなことを、もう考えています。

妻からは、

「まだ半年以上先の話だよ」

と言われます。

まったくその通りです。

私自身もそう思います。

でも、気になるものは気になるんですよね。

会社員時代の日曜日と同じだった

今回のことで思い出したのが、会社員時代の日曜日です。

私は日曜日になると、翌日の仕事のことを考えていました。

まだ休みなのに、

「明日はあれをやらないといけない」

と考えてしまう。

せっかくの日曜日なのに、月曜日の仕事を自分から日曜日に持ち込んでいるようなものです。

「月曜日になってから考えればいいじゃないか」

そう言われれば、その通りです。

でも、

それができれば苦労しません。

それができていたら、もしかすると私は会社を辞めていなかったかもしれません。

早期退職して7年以上たち、日曜日に翌日の仕事を心配することはなくなりました。

ところが、町内会の組長が回ってくるかもしれないと分かった途端、半年以上先なのに考え始めてしまった。

会社を辞めても、私の性格まで変わったわけではなかったようです。

仕事は「しょうがない」では済まなかった

ただ、町内会の組長と会社員時代の仕事では、心配の中身は少し違います。

会社員時代、月曜日に何をするのか分からなかったわけではありません。

やることは分かっていました。

問題は、それが予定どおり進むかどうかが分からないことでした。

仕事というのは、なかなか思ったとおりには進みません。

むしろ、ほとんどうまく進まない。

予定外のことが起きたり、相手が思ったように動かなかったり、問題が出てきたりする。

それでも仕事ですから、

「しょうがないですね」

では終われません。

しょうがないで済むことなら、私もそれほど気にしなかったと思います。

でも、しょうがないでは済まされない。

何とかしなければならない。

そこがつらかったんです。

だから日曜日でも仕事のことを考えていたのでしょう。

「考えるな」と言われても無理

町内会の組長についても、

「まだ半年以上先なんだから、今から考えても仕方がない」

ということは、自分でも分かっています。

でも私は、

「考えても仕方がないから、考えるのをやめよう」

とは、なかなかできません。

これができれば、本当に楽だと思います。

そこで私は、別の方法を取りました。

前に組長をやった人に、

「組長って、何をするんですか?」

と聞いてみたんです。

まだ半年以上先なのに(笑)。

分からないなら、調べてしまう

話を聞いてみると、毎月、組長会のような会議があるそうです。

そこに出席して、町内に配るチラシなどを受け取って、それを配る。

それなら、

「まあ、大したことではないかな」

と思いました。

一番大変そうなのは、年に一度の町内会のお祭りです。

子供たちが集まって、お店を出したりするそうで、その手伝いや片付けなどがあるらしい。

それを聞いて、

「大変そうなのは年に1回くらいか。それなら何とかなるかな」

と思いました。

すると、不思議なくらい気持ちが楽になりました。

何をするのか分からないときは、あれこれ考えていたのに、やることが分かると、

「それくらいならできそうだ」

と思えたんです。

私は不安になると調べる

考えてみれば、私は昔からそうでした。

何かが不安になると、調べます。

そして、

「何か自分にできることはないか」

と考えます。

できることがあれば準備する。

必要なら練習する。

こうなりそうだと分かれば、それに備える。

そして、たとえ何もできなかったとしても、

「ああ、これはそういうものなのか」

と分かるだけで、少し気持ちが楽になります。

分からないままにしておくことのほうが、私は苦手なのだと思います。

早期退職するときも同じだった

49歳で会社を辞めるときも、そうでした。

もちろん不安はありました。

一番大きかったのは、お金です。

会社を辞めれば給料がなくなります。

「この先、本当に生活していけるのか」

当然、心配になります。

だから私は、ライフプランを作りました。

今いくら資産があるのか。

年間いくらで生活しているのか。

これからどんな支出がありそうなのか。

年金はいくらくらいになるのか。

そういったものを一つずつ考えて、100歳までのお金を試算しました。

心配だったから、調べた。

心配だったから、計算した。

そして、

「これなら会社を辞めても何とかなるだろう」

と思えるところまで準備した。

もし私が、

「まあ、辞めてから考えればいいや」

という性格だったら、ライフプランなんて作らなかったかもしれません。

そう考えると、心配性だったことが早期退職の準備には役立ったとも言えます。

心配性は、やっぱり損だと思う

だからといって、

「心配性でよかった」

とまでは思いません。

やっぱり損な性格だと思います。

だって、まだ半年以上先の町内会の組長を、今から心配しているんですから(笑)。

実際には、それほど大変ではないかもしれない。

そもそも、まだ何も起きていない。

それなのに頭の中では、すでに来年のことを考えている。

これは完全に取り越し苦労です。

妻のように、

「まだ半年以上先なんだから、そのとき考えればいいじゃない」

と思えたら、どれだけ楽だろうと思います。

でも、心配性だったから準備もしてきた

一方で、この性格を全部なくしたいかというと、それも少し違います。

「先のことなんて考えても仕方がない。何か起きたら、そのとき考えればいい」

そこまで楽観的になるのも、私にはちょっと怖いです。

将来が心配だから調べる。

問題が起きそうなら、先に手を打つ。

必要なら準備する。

練習できることなら練習しておく。

そうやって私は今まで生きてきました。

早期退職できたことにも、この性格は少なからず関係していると思います。

だから、

心配性は悪い性格なのか、良い性格なのか。

たぶん、どちらでもないのでしょう。

私にとっては、つらい部分もあるけれど、役に立ってきた部分もある性格です。

もう少しだけ楽観的になれたらいい

だから私は、心配性を完全になくしたいとは思いません。

ただ、

もう少しだけ心配しない自分になれたらいいな

とは思います。

心配するから準備する。

それは残しておきたい。

でも、半年以上先のことまで心配して、今の時間まで気持ちを重くする必要はない。

そのあたりを、もう少しうまくできたらいいんですけどね。

もっとも、

「そんなに心配しなければいい」

と言われて、それができるくらいなら、とっくにやっています(笑)。

おそらく私は、これからも何かが気になれば調べるでしょう。

そして、できることがあれば準備する。

今回の町内会の組長も、実際にやることになったら、

「面倒だなあ」

と言いながら、結局やるのでしょう。

もしかすると途中でスイッチが入って、

「どうせやるなら、とことんやるか」

となるかもしれません。

会社員時代から、そのあたりはあまり変わっていないようです。

心配性は、確かに損な性格です。

でも振り返ってみると、その心配性に助けられてきたことも、結構あったのかもしれません。

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