未来が分からないから、人生は面白いのかもしれない

時間の使い方・マインドセット

「努力は必ず報われる」

そんな言葉があります。

確かに、努力をして自分の願いを叶えた人はたくさんいると思います。

引き寄せの法則などもありますよね。

強く願うことによって行動が変わり、その結果として願っていた未来を実現した人もいるでしょう。

私は、それを否定するつもりはありません。

ただ、一つ疑問があります。

同じことをすれば、全員が同じ結果になるのでしょうか。

おそらく、そうではないと思います。

一生懸命努力しても、希望した結果にならない人はいます。

強く願っても、願いが叶わないこともあります。

では、どうすれば自分の望んだ未来になるのか。

正直、私には分かりません。

もしかすると人生には、

「こうすれば、必ずこうなる」

という万人に共通する公式はないんじゃないか。

今の私は、そんなふうに考えています。

努力をすれば、未来は変わると思う

では、努力しても意味がないのか。

私は、そうは思いません。

今、自分がやったこと。

考えたこと。

発言したこと。

行動したこと。

そういったものを元にして、次の未来ができていくと思っています。

だから努力するという行動をすれば、その努力によって何かが起こる。

ただし、

自分が希望したことが起こるかどうかは分からない。

ここは分けて考えた方がいいと思っています。

例えば、何かの試験に合格するために一生懸命勉強したとします。

努力したからといって、必ず合格するとは限りません。

不合格になることもあります。

そのとき、

「努力は無駄だった」

となるのか。

私は、何にもつながらないということはないと思っています。

勉強したことによって何かが起こり、その結果を元にして、また次の未来が始まる。

ただ、それが本人の望んでいた未来なのかは分かりません。

努力したから希望どおりになるのではなく、努力したことを元に次の未来ができる。

私はそんな感じで考えています。

失敗は、失敗でいい

何かを目指して行動した。

でも、希望した結果にならなかった。

その時点では、失敗でしょう。

私は、

「失敗なんて存在しない」

とは思いません。

失敗したら悔しい。

嫌なことが起きたら嫌です。

つらいことが起きれば、つらい気持ちになります。

それを、

「この失敗にはきっと意味がある」

「この経験は将来必ず役に立つ」

と無理に前向きに考える必要もないと思っています。

失敗は、そのときは失敗でいい。

ただ、大切なのは、その後ではないでしょうか。

失敗したところでずっと止まっていても、しょうがない。

「じゃあ、ここからどうするか」

と考える。

そして、できる範囲で次の行動をする。

その行動を元にして、また次の未来が始まります。

課長試験に落ちたことは、本当に失敗だったのか

私自身、会社員時代には出世欲がありました。

同期の中でも早く出世したいと思っていました。

ところが私は、課長試験に落ちました。

その後、マネージャー職にもなれませんでした。

当時の私にとっては失敗です。

出世したかったのですから、当然つらかった。

でも、今になって振り返ってみると、

「あれは、落ちてよかったのかもしれないな」

と思うことがあります。

もしマネージャーになっていたら、会社の方針に従うことができず、もっと精神的に追い詰められていたかもしれません。

もしかすると、心の調子を崩していたかもしれません。

逆にマネージャーになれなかったから、平社員として仕事を続けることができて、その後49歳で会社を辞め、今の生活につながったのかもしれません。

もちろん、これは全部「かもしれない」です。

私は、マネージャーになった人生を経験していません。

もしかしたらマネージャーになっていたら、ものすごく楽しい人生になっていた可能性だってあります。

だから、

「課長試験に落ちたのが正解だった」

とも言い切れません。

ただ、今振り返ってみれば、

「あそこで人生の道が分かれたんだな」

とは思います。

人生の分岐点は、後になって分かる

人生を振り返ってみると、

「あのときの選択が大きかったな」

と思うことがあります。

でも、その選択をした瞬間には、それが人生の分岐点になるなんて分かりません。

そのときは、そのときで考えて行動しただけです。

そして結果が出る。

その結果を元に、また次の行動をする。

また結果が出る。

その繰り返しです。

何年も経ってから振り返って、

「ああ、あそこが分岐点だったんだ」

と気づく。

そんなものではないでしょうか。

だから人生の選択について、

「あれが正解だった」

「あれは間違いだった」

と判断するのも、実は難しいと思っています。

選ばなかった方の人生を見ることはできないからです。

「何もしない」ことも未来につながっていく

では、何か行動し続けなければいけないのか。

これも違うと思います。

話をしながら気づいたのですが、

「何もしない」というのも、一つの選択なんですよね。

転職しない。

投資しない。

新しいことを始めない。

今の生活を変えない。

それを選んだことによって、その先にまた何かが起こる。

だから、

「行動する人だけが未来を切り開ける」

とまで言うつもりはありません。

何かをすることも選択。

何もしないことも選択。

そして、その選択を元に未来が続いていく。

ただ、どちらを選べば良い未来になるのか。

それは、私には分かりません。

引き寄せの法則も、人生の公式なのかは分からない

世の中には、

「こう考えれば人生がうまくいく」

「こう行動すれば成功できる」

「強く願えば引き寄せられる」

といった考え方がたくさんあります。

実際に、それによって人生が良くなったという人もいると思います。

だから私は、それを否定しません。

ただ、

それが全員に当てはまるのか。

そこは分かりません。

100人が同じようにやったら、100人とも同じ未来になるのか。

おそらく、そうではないでしょう。

人によって生まれた環境も違います。

能力も違います。

出会う人も違います。

運もあると思います。

だから私は今のところ、

人生には「これをすれば必ず幸せになる」という公式はないんじゃないか

と思っています。

もしそんな公式があるのなら、私も知りたいです。

でも、全部分かったら人生は面白いのだろうか

ただ、話をしていて、もう一つ気づきました。

もし本当に人生の公式があったらどうでしょう。

「これをすれば、こうなる」

「次にこれをすれば、こうなる」

「この選択をすれば、必ず幸せになれる」

全部分かっている。

最初は、

「そんなものが分かれば、人生は楽だろうな」

と思います。

でも、よく考えてみると、

全部分かってしまった人生って、あまり面白くないのかもしれません。

何が起こるか分からない。

だから考える。

未来を少しでも良くしたいから、努力する。

生き方を変えてみる。

自分なりに考えて、やってみる。

そして結果を見る。

もしかすると、その繰り返し自体が人生の面白さなのかもしれません。

「さて、ここからどうするか」

これから先も、私はいろいろな失敗をすると思います。

投資が思ったようにいかないこともあるでしょう。

ブログが読まれなくなることもあるかもしれません。

家庭菜園がうまくいかない年もあるでしょう。

もっと大きなことで、想像していた人生とは違う方向へ進んでしまうこともあるかもしれません。

そんなとき、私は普通に落ち込むと思います。

嫌なものは嫌です。

つらいものはつらい。

でも、いつまでもそこで止まっていてもしょうがない。

少し落ち着いたら、

「さて、ここからどうするか」

と考える。

今の自分にできることを考えて、やってみる。

その結果がどうなるかは分かりません。

うまくいくかもしれない。

また失敗するかもしれない。

思ってもいなかった方向へ進むかもしれない。

それでも、その結果を受け入れて、また次を考える。

結局、私にできるのはそれくらいです。

未来が分からないから、人生は面白いのかもしれない

私は、何をすれば未来が良くなるのか知りません。

努力すれば必ず報われるとも思っていません。

願えば必ず叶うとも思っていません。

でも、

今の自分の選択や行動が、次の未来につながっていく。

これは確かなことではないかと思っています。

だから、未来を良くしたいと思って、自分なりに考える。

できることをやってみる。

結果が出たら受け入れる。

うまくいかなければ、

「さて、ここからどうするか」

と、また考える。

もし未来が全部分かっていたら、そんなことを考える必要もありません。

でも、それでは案外つまらないのかもしれません。

何が起こるか分からない。
だから考える。
だからやってみる。
そして、また次の未来が始まる。

そんなことの繰り返しが、生きるということなのかもしれません。

少なくとも今の私は、

未来が分からないからこそ、人生は面白いのかもしれない。

そんなふうに思っています。

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