競争相手が、他人から自分に変わった。49歳で早期退職して変わった私の競争心

時間の使い方・マインドセット

私は49歳で会社を辞めました。

早期退職してから7年以上が経ちます。

会社員時代と今では、生活はまったく違います。

毎朝会社へ行くこともありませんし、上司も部下もいません。

営業成績を競うこともなければ、同期と出世を争うこともありません。

今は家庭菜園をしたり、投資をしたり、ブログを書いたりしながら暮らしています。

昔と比べれば、ずいぶん穏やかな生活になりました。

だから、

「もともと競争が嫌いだったんでしょう?」

と思われるかもしれません。

でも、まったく逆です。

会社員時代の私は、人に勝ちたいという気持ちがかなり強い人間でした。

同期の中でトップで出世したかった

会社員時代の私は、競争の中で生きていました。

出世欲もありました。

同期の中でもトップで出世したいと思っていましたし、営業成績でも他の人に負けたくありませんでした。

そして実際に勝つと、ものすごく嬉しかった。

営業成績が上だった。

出世が早かった。

そんなときは、

「よし、次もトップを取ってやろう」

と思っていました。

毎日、頭をフル回転させていました。

どうすればもっと売れるのか。

どうすれば他の人より良い結果を出せるのか。

どうすれば勝てるのか。

ずっとそんなことを考えていました。

でも、それが嫌だったわけではありません。

楽しかったんです。

今振り返っても、「あんなに競争しなくてもよかった」とは思いません。

あの頃はあの頃で楽しかった。

だから、それで良かったと思っています。

でも、ずっと勝ち続けられたわけではない

もちろん、会社員人生の最後までずっと勝ち続けたわけではありません。

年齢を重ねるにつれて、だんだん勝てなくなっていきました。

自分自身でも、

「以前のようにはできなくなってきたな」

「時代についていけなくなっているな」

と感じるようになりました。

これはつらかったですね。

他人に負けること以上に、

自分の能力が落ちていくことを、自分自身で感じることがつらかった。

若い頃にはできていたことが、以前のようにはできなくなる。

自分では、それを「劣化していく」と感じていました。

ただ、それならそれでしょうがない。

中には年齢を重ねても能力が落ちない人もいるでしょう。

でも、自分はそうだった。

それは結果ですから、受け入れるしかありません。

だったら、それを受け入れて次のステップへ行けばいい。

私はそう考えました。

ただし、一つ誤解されたくないことがあります。

私は、競争に負けるようになったから会社を辞めたわけではありません。

仮に最後にもう一度トップクラスの成績に戻っていたとしても、私は49歳で会社を辞めていたと思います。

会社を辞めた理由と、競争に勝てなくなったことは別の話です。

今は競争の世界に戻りたいとは思わない

私は競争の楽しさを知っています。

勝ったときの喜びも知っています。

同時に、競争のつらさも知っています。

もし今、もう一度競争の激しい世界に入ったら、昔の自分が出てくるかもしれません。

「絶対に勝ってやる」

と、また火がつく可能性はあると思います。

でも、だからこそでしょうか。

今の私は、自分からそういう世界へ足を踏み入れようとは思いません。

今は競争に勝つことよりも、心穏やかに暮らすことの方を大切にしています。

では、競争すること自体をやめたのか。

考えてみると、そうでもありませんでした。

競争相手が「他人」から「自分」に変わった

今も私は競争しています。

ただ、相手が変わりました。

他人ではなく、自分です。

例えば家庭菜園。

去年より今年の方が、たくさん収穫できたら嬉しい。

去年うまくいかなかったことがあれば、

「じゃあ今年はこうしてみよう」

と考えます。

それで去年よりうまくいけば嬉しい。

ブログもそうです。

昨日より一人でも多くの人に読んでもらえたら嬉しい。

先月より読者が増えたら嬉しい。

投資も、以前よりうまくできるようになれば嬉しい。

考えてみれば、会社員時代に持っていた競争心は、今もなくなっていないのかもしれません。

ただ、

「あいつに勝ちたい」から「昨日の自分より少し良くしたい」に変わった。

そんな感じです。

去年の自分に負けても、それほど悔しくはない

ただ、昔の競争と今の競争には大きな違いがあります。

家庭菜園で去年より収穫量が減ったからといって、

「絶対に取り返してやる!」

と燃えるわけではありません。

「今年はダメだったな」

「じゃあ来年はこうしてみよう」

そんな感じです。

ブログが思ったように読まれなくても、

「じゃあ今度はこうしてみようかな」

と考える。

勝たなければならない競争ではありません。

試行錯誤そのものを楽しんでいる部分が大きいのだと思います。

とはいえ、私の性格ですから、できることなら上を目指したい。

去年より今年。

昨日より今日。

際限なく良くしていきたいという気持ちはあります。

でも、それを続けていけば、どこかで苦しくなると思います。

そこで今の私は、昔とは少し違う考え方をするようになりました。

心がつらくなったら、そこまでしなくてもいい

例えばブログです。

読者が増えれば嬉しい。

数字で結果が分かるので、自分との競争として面白いんです。

でも、読者数を増やすことばかり考えるようになって、

「もっと記事を書かなければ」

「今日は書きたくないけど、読者を減らしたくないから書かなければ」

となってきたら、おそらく私は一度立ち止まります。

そして、

「そもそも、何のためにブログを書いているんだ?」

と考えると思います。

私がブログを書いているのは、読者を増やすためではありません。

書きたいことがあるから書いているだけです。

その結果として読者が増えたら嬉しい。

読者数は、私にとって付録的な楽しみです。

そこを逆にしてはいけないと思っています。

投資も同じ。何百万円も稼ぐ必要はない

投資は、もっと分かりやすいかもしれません。

利益は数字ではっきり出ます。

10万円より20万円。

20万円より30万円。

30万円より50万円。

利益が増えれば嬉しい。

そうなると、

「もっと、もっと」

となりやすい。

でも利益ばかりを追求していけば、どこかで心がつらくなると思います。

そして、もっと利益を出すために、無理な投資をするようになるかもしれません。

そんなときも、

「そもそも、何のために投資をしているんだ?」

と大元に立ち返る。

私が今投資をしている目的の一つは、毎月の生活費をある程度稼ぐことです。

別に毎月何百万円も稼ぐ必要はありません。

月10万円でも20万円でもいい。

なんなら利益がゼロの月があっても、それで生活できなくなるわけではありません。

それなのに、

「もっと稼がなければ」

と無理な投資をして心を乱していたら、本末転倒です。

数字ばかり追いかけていると、本質を見失う。

だから、ときどき大元に立ち返ることが大事だと思っています。

競争は楽しい。でも競争に支配されたくはない

私は、競争が悪いとは思いません。

会社員時代、他人と競争していた私は楽しかった。

営業成績でトップになれば嬉しかったし、同期より早く出世すれば嬉しかった。

「次も勝ってやろう」

と考えるのも楽しかった。

だから、あの頃の自分を否定するつもりはありません。

今でも競争すること自体は好きなのだと思います。

ただ、競争相手が他人から自分に変わりました。

そして、もう一つ変わったことがあります。

今の競争は、自分で降りることができます。

家庭菜園が苦しくなったら、そこまで収穫量にこだわらなくてもいい。

ブログが苦しくなったら、読者数を追いかけなくてもいい。

投資が苦しくなったら、そこまで利益を求めなくてもいい。

「もっと上へ行きたい」

という気持ちはあってもいい。

でも、それによって心がつらくなってきたら、

「そこまでしなくてもいいか」

と考える。

今の私には、そのくらいの競争がちょうどいいようです。

何のためにやっているのか

人間は、数字があると追いかけたくなるものなのかもしれません。

収入。

資産。

投資利益。

ブログの読者数。

仕事の成績。

順位。

最初は何か別の目的があって始めたはずなのに、いつの間にか数字を増やすこと自体が目的になってしまう。

私自身、そうなる可能性は十分あります。

だから、苦しくなってきたら大元に戻る。

「自分は何のために、これをやっているんだ?」

ブログなら、書きたいから書く。

家庭菜園なら、育てるのが楽しいからやる。

投資なら、生活に必要なお金をある程度稼ぐためにやる。

数字が良くなれば、それは嬉しい。

昨日の自分に勝てれば、それも嬉しい。

でも、それは本来の目的ではありません。

49歳で会社を辞めて、私の競争相手は他人から自分に変わりました。

そして今は、

勝つことよりも、心穏やかに暮らすことの方が大切です。

競争が楽しい間は、競争すればいい。

もっと上を目指したければ、目指せばいい。

でも、それが苦しくなってきたら、

「そもそも何のためにやっていたんだろう」

と、一度立ち返ってみる。

今の私は、そんなふうに競争と付き合っています。

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