長生きしたい。でも「寿命の長さ」だけを人生の目的にしたくない理由

時間の使い方・マインドセット

「何歳まで生きたいですか?」

そう聞かれても、56歳の私には「90歳まで」「100歳まで」といった明確な数字の目標はありません。

もちろん、できれば長生きしたいです。ですが、私にとって重要なのは「何年生きられるか」という数字の長さではなく、「どんな状態で生きられるか(生活の質=QOL)」です。

今回は、早期退職を経て辿り着いた「無理な我慢をせず、自分らしく暮らせる時間を1日でも長く伸ばすための健康観と死生観」について書いてみたいと思います。

1. 寝たきりの10年より、元気に過ごせる3年を選びたい

仮に「寝たきりの10年」と「元気に動ける3年」のどちらかを選べと言われたら、今の私は間違いなく後者を選びます。

朝自分の足で起き、自分でトイレに行き、妻と美味しいものを食べ、旅行へ行く。そんな普通の一日を重ねることこそが、私にとっての「長生き」の価値だからです。

💡 健康な1年の価値

もし「100万円払えば、健康に動ける期間が1年延びる」と言われたら、私は迷わず100万円を払います。

100万円は後から稼ぐことも運用で増やすこともできますが、失われた「健康な時間」だけはいくらお金を積んでも二度と買い戻せないからです。

だからといって、高額なジムや健康器具にお金をかけるわけではありません。毎日のウォーキングや自宅でのスクワット、そして予防歯科で歯を守るといった「タダ〜低コストでできるメンテナンス」で十分だと考えています。

2. 健康のために生きるのではない。生きるために「節制」する

健康のために好きなものをすべて断ち、ストレスを溜め込みながら長生きするのは本末転倒です。

私の健康対策(やっていること)無理な我慢(やっていないこと)
ビールを500mlから350mlに減らす完全に禁酒してストレスを溜める
毎日の散歩と軽い筋トレ高額なジムでハードなトレーニングをする
予防歯科で定期的に歯のお掃除好きなお菓子や美味しいものをすべて断つ

「好きなものを食べる」「お酒を飲む」という人生の楽しみは残しつつ、ストレスがかからない程度に少しだけ節制する。この「ほどほど」のバランスが、結果的に元気な時間を長く引き延ばしてくれます。

3. 健康診断や延命治療に対する「私なりの死生観」

ここからは非常に個人的で偏った考え方かもしれませんが、私は現在、健康診断を受けていません。また、将来大きな病気が見つかった際の治療法についても、自分なりの基準を持っています。

【大きな病気になったときの私のスタンス】
・治癒を目指せる治療であれば、体への負担を受け入れて受ける
・治すのが難しく、つらい治療で「生存期間を少し延ばすだけ(延命)」なら受けない可能性がある
・寿命を強引に延ばすことより、残された時間を「痛みや苦痛なく過ごす(緩和)」ことを優先したい

この考えの背景には、がんを患った母の最期を側で見守った経験があります。

治る見込みが薄い中で無理な治療を行わず、残された時間を穏やかに過ごした母を見て、「自分が同じ立場になったときも、無理に寿命を引き延ばすことより、最後の最後まで自分らしく普通に暮らすことを優先したい」と思うようになりました。

まとめ:最後まで「自分らしく、普通に生活する」ために

「長生きそのもの」を人生のゴールにしてしまうと、病気を恐れて今を楽しむことややりたいことをすべて我慢してしまいます。

  • 100万円出しても買い戻せない「元気な1年」を大切にする
  • 好きなものを我慢しすぎず、ストレスのない範囲で節制する
  • 治療の目的は「寿命を延ばすこと」ではなく「自分らしく生きること」に置く

健康は人生の目的ではなく、「自分の生きたいように生きるための手段」です。

今日という一日を丁寧に暮らし、好きなものを食べ、散歩をし、妻と笑い合う。そんな「普通の生活」を1日でも長く続けられるよう、これからも肩の力を抜きながら身体と付き合っていきたいと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました