先日、堀江貴文さんがお金について話している動画を見ました。
堀江さんは以前から、
「貯金するな」
という考えを話されています。
お金を貯め込むのではなく、経験や新しいことに使う。
そして、お金よりも「信用」を貯めることが大切だという考えです。
信用があれば、仮にお金がなくなっても、周りの人が助けてくれる。
そういう趣旨の話をされています。
私はこの話を聞いて、
「確かに、そういう考え方もあるよな」
と思いました。
ただ同時に、
「これを普通の人がそのまま真似して大丈夫なのだろうか?」
とも思いました。
私は49歳で会社を早期退職しました。
そのときの資産は約4,500万円です。
つまり私は、堀江さんとはかなり違って、
お金を貯めたことで会社を辞めることができた人間
です。
そんな私が「貯金するな」という考えについて思ったことを書いてみたいと思います。
「お金より信用を貯めろ」は分からなくもない
最初に言っておくと、私は堀江さんの考えを全面的に否定するつもりはありません。
人から信用されることは大切です。
困ったときに助けてくれる人がいる。
何か新しいことを始めるときに協力してくれる人がいる。
お金がなくても、
「この人なら応援したい」
と思ってもらえる。
そういう信用は、確かに大きな財産だと思います。
特に事業をする人にとっては重要なのでしょう。
事業に失敗して無一文になったとしても、これまで築いてきた信用によって、もう一度立ち上がることができるかもしれません。
だから、
「お金だけ貯めればいい。人との信用なんて必要ない」
とは私も思いません。
ただ、少し引っかかるところもあります。
本当にお金がなくなったとき、誰かが助けてくれるのか
例えば、本当に手元のお金がなくなったとします。
生活できない。
そこで友人や知人に、
「生活費を貸してほしい」
「しばらく住まわせてほしい」
「困っているから助けてほしい」
と言う。
本当に助けてくれる人がどれだけいるのでしょうか。
もちろん、そういう人もいると思います。
でも私は、
「本当にそこまで人に頼って大丈夫なのかな」
と思ってしまいます。
堀江さんの場合は、少し事情が違うようにも感じます。
知名度があります。
能力もあります。
人脈もあります。
仮に一時的にお金がなくなっても、
「堀江さんなら、また何かやるだろう」
と思ってお金を貸したり、協力したりする人もいるでしょう。
でも、私のような普通の人間はどうでしょう。
同じことができるとは限りません。
だから、
「信用さえあれば何とかなるから、貯金なんてしなくていい」
とそのまま受け取って、お金をどんどん使ってしまうのは、私には少し怖く感じます。
助けてもらえるとしても、私はお金を残しておきたい
では、
「困ったら必ず誰かが助けてくれる」
と保証されていたら、私はお金を全部使うのか。
おそらく使いません。
助けてもらえるとしても、自分のお金は残しておきたいです。
そもそも私は、
「困ったら誰かに助けてもらえばいい」
ということを前提に人生を組み立てる感覚があまりありません。
できるだけ人に迷惑をかけないようにする。
自分でできることは自分でする。
生活に困らないように自分でお金を準備しておく。
そういう考えのほうが自分には合っています。
もちろん、人生では何が起こるか分かりません。
どれだけ準備していても、誰かに助けてもらわなければならないことはあるでしょう。
そのときに助けてくれる人がいることは、とてもありがたいことです。
でも最初から、
「困ったら誰かが助けてくれるから大丈夫」
とは考えません。
できるだけ、そうならないように準備しておきたいと思います。
信用を「困ったときの保険」にすることにも違和感がある
もう一つ感じたことがあります。
人との付き合いを、
「いつか困ったときに助けてもらえるから大切にしておこう」
と考えることにも、私は少し違和感があります。
何となくギブ・アンド・テイクのように感じるからです。
もちろん実際の人間関係では、お互いに助けたり助けられたりすることはあります。
それは自然なことです。
でも、
「この人との関係を大切にしておけば、将来何か返してもらえるかもしれない」
という目的で人と付き合うのは、私には合いません。
人からの信用は大切。
お金も大切。
でも、この二つを交換可能なもののように考える必要はないのではないか。
私はそんなふうに思います。
私は4,500万円で「安心」と「時間」を買った
では、私はなぜ4,500万円も貯めたのでしょうか。
人を信用していなかったからなのか。
「お金しか信用できない」と思っていたからなのか。
そう聞かれると、あまりしっくりきません。
ただ、まったく外れているとも言い切れないところがあります。
私はもともと、人との接触を積極的に増やしたいタイプではありません。
たくさんの人とつながって、その人たちに助けてもらいながら生きる。
そういう生き方より、
できるだけ自分のお金で、自分の生活を成り立たせる
という生き方のほうが私には合っています。
では4,500万円を貯めて、私は何を手に入れたのか。
今考えると、
「安心」と「時間」
だったと思います。
お金があれば、
「生活できなくなったらどうしよう」
という不安を小さくできます。
そして、お金があれば働かなくても生活できます。
会社に1日8時間、自分の時間を売らなくてもいい。
私は49歳で会社を辞めました。
そこから、自分の時間を自分で使えるようになりました。
だから私は、
4,500万円というお金そのものが欲しかったわけではなく、そのお金によって得られる安心と時間が欲しかった
のだと思います。
さらに言えば、
「人に頼らなくてもいい自由」
も買ったのかもしれません。
だからといって、お金だけ貯めればいいとも思わない
ただ、ここで逆方向に極端になるのも違うと思います。
「やっぱり貯金が一番大切だ」
と言いたいわけではありません。
特に若い人はそうです。
若い時代は、本当に限られています。
20歳でできること。
30歳でできること。
50歳、60歳になってからでは、同じようにはできないことがあります。
時間は有限です。
若いときにしかできない経験のためにお金を使うことは、とても大切だと思います。
将来が心配だからといって、給料のほとんどを貯金や投資に回す。
遊ばない。
旅行にも行かない。
やりたいことも我慢する。
そして60歳になって大きな資産を持った。
それが本人の望んだ人生ならいいと思います。
でも、
「若いうちにもっといろいろやっておけばよかった」
と思うのであれば、少しもったいない気もします。
でも、全部使ってしまうのも違う
一方で、
「若いうちは経験が大切だから、全部使ってしまえ」
というのも、私には極端に感じます。
生活が苦しくなるほど使う。
貯金をまったく持たない。
さらに借金をしてまで経験にお金を使う。
私はそこまでする必要はないと思います。
ある程度のお金を手元に持っておけば、生活が安定します。
突然仕事を失った。
病気になった。
家電が壊れた。
何か予想外の出費があった。
そんなときにも対応できます。
お金があることで安心できることは、確かにあります。
「貯金するな」か「貯金しろ」かではない
結局、私は、
「貯金するな」
も、
「とにかく貯金しろ」
も、どちらも少し極端なのではないかと思います。
若いときにしかできない経験には、お金を使う。
やりたいことがあるなら、我慢しすぎない。
一方で、自分の生活を守れる程度のお金は持っておく。
そして将来、会社を辞めたいと思ったときに選択できるだけの資産を少しずつ作っていく。
それでいいのではないでしょうか。
私はお金を貯めたことで、49歳で会社を辞めることができました。
もし、
「貯金なんて必要ない。信用があれば何とかなる」
と思ってお金を全部使っていたら、私は49歳で早期退職できていません。
だから私にとって、貯金は無駄ではありませんでした。
むしろ、
お金を貯めたからこそ、自分の人生を自分で選べるようになった
と思っています。
人との信用も大切です。
経験も大切です。
そして、お金も大切です。
どれか一つだけあればいいのではなく、自分がどんな人生を送りたいのかによって、必要なバランスは変わるのだと思います。
私の場合は、お金を貯めることで「安心」と「時間」、そして「人に頼らなくてもいい自由」を手に入れました。
少なくとも私にとっては、
貯金することも、十分意味のある選択だった
と思っています。


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