「死ぬときに後悔すること25」を56歳の私が見て思ったこと。意外と後悔は少ないかもしれない

時間の使い方・マインドセット

先日、YouTubeで「死ぬときに後悔すること25」という内容の動画を見ました。

死を目の前にした人が、どんなことを後悔するのか。

動画では、次のような25項目が紹介されていました。

  1. 健康を大切にしなかったこと
  2. タバコをやめなかったこと
  3. 生前の意思を示さなかったこと
  4. 治療の意味を見失ってしまったこと
  5. 自分のやりたいことをやらなかったこと
  6. 夢を叶えられなかったこと
  7. 悪事に手を染めたこと
  8. 感情に振り回された一生を過ごしたこと
  9. 他人に優しくしなかったこと
  10. 自分が一番と信じて疑わなかったこと
  11. 遺産をどうするか決めなかったこと
  12. 自分の葬儀を考えなかったこと
  13. 故郷に帰らなかったこと
  14. おいしいものを食べておかなかったこと
  15. 仕事ばかりで趣味に時間を割かなかったこと
  16. 行きたい場所に旅行をしなかったこと
  17. 会いたい人に会っておかなかったこと
  18. 記憶に残る恋愛をしなかったこと
  19. 結婚しなかったこと
  20. 子供を育てなかったこと
  21. 子供を結婚させなかったこと
  22. 自分の生きた証しを残さなかったこと
  23. 生と死の問題を乗り越えられなかったこと
  24. 神仏の教えを知らなかったこと
  25. 愛する人にありがとうと伝えなかったこと

これを見ながら、

「もし今、自分の人生が終わるとしたら、私は何を後悔するんだろう」

と考えてみました。

ところが、意外でした。

25項目を見ても、あまり当てはまらなかった

私は現在56歳です。

49歳で会社を早期退職して、7年以上がたちました。

そんな自分を25項目に当てはめてみると、

「これは後悔するだろうな」

と思うものが、意外と少なかったのです。

タバコはやめました。

自分のやりたいことも、それなりにやっています。

おいしいものも食べています。

行きたい場所にも旅行しています。

結婚して、子供も育てました。

子供も結婚しました。

妻には「ありがとう」と伝えています。

こうやって一覧にして見てみると、

「案外、自分は死ぬときに後悔すると言われていることを、生きている間にやっているんだな」

と思いました。

もちろん、本当に死を目の前にしたら、今とは違うことを考えるかもしれません。

それは、そのときにならなければ分かりません。

ただ、56歳の今の自分が考える限りでは、「あれもやっていない、これもやっていない」という感覚はあまりありませんでした。

会社を辞めたことで、できたことも多かった

25項目を見ていて、早期退職したことも大きかったのかなと思いました。

例えば、

「タバコをやめなかったこと」

私は会社を辞めてからタバコをやめました。

もし今も仕事をしていたら、仕事のストレスに負けて、やめられなかったかもしれません。

「自分のやりたいことをやらなかったこと」

これも会社員を続けていたら、難しかったかもしれません。

仕事をしていたころは、とにかく時間がありませんでした。

今は、自分の時間を自分で使えます。

「感情に振り回された一生を過ごしたこと」

これも少し分かる気がします。

会社にいると、どうしても感情を乱されることがありました。

今のような落ち着いた毎日は、会社員を続けていたら過ごせなかったかもしれません。

そして、

「行きたい場所に旅行をしなかったこと」

これも会社を辞めたことで、ずいぶん自由になりました。

そう考えると、私は早期退職によって、死ぬときの後悔をいくつか減らすことができたのかもしれません。

もちろん、早期退職すれば後悔しないという意味ではありません。

あくまで、私の場合の話です。

「もっと他人に優しくすればよかった」と思うのだろうか

一方で、少し引っかかった項目もあります。

その一つが、

「他人に優しくしなかったこと」

です。

私は基本的に、自分が一番大事だと思っています。

これは、「自分が他人より優れている」という意味ではありません。

自分にとって、一番大切なのは自分だという意味です。

だから、自分を犠牲にしてまで誰かに尽くすということは、あまりしてこなかったと思います。

死ぬ直前になったら、

「もっと自分を犠牲にしてでも、人に優しくすればよかった」

と思うのでしょうか。

これは、今の私には分かりません。

逆に、自分自身がつらくて仕方がないのに、それを押し殺して人に優しくすることが、本当にいいことなのかとも思います。

今のところ、答えは出ていません。

もしかしたら、死ぬときになって初めて分かることなのかもしれません。

私の「生きた証し」は何だろう

もう一つ気になったのが、

「自分の生きた証しを残さなかったこと」

です。

これを見たとき、

「自分が生きた証しって何だろう」

と思いました。

よくよく考えてみると、私には子供がいます。

私がいなければ、子供は生まれていません。

そう考えれば、すでに一つの生きた証しは残っているのかもしれません。

そして、もう一つ。

今書いている、このブログです。

私は「生きた証しを残そう」と思ってブログを書いているわけではありません。

ただ、このまま自分が経験したことや考えたことを書き続けていけば、

「この人は、こんなことを考えながら生きていたんだ」

という記録にはなるかもしれません。

それも一つの生きた証しなのかなと、今回考えてみて初めて思いました。

生と死の問題は、まだ乗り越えられていない

そして、もう一つ気になったのが、

「生と死の問題を乗り越えられなかったこと」

です。

これは、私はまだ乗り越えられていないと思います。

以前このブログでも「死」について考えたことを書きました。

私は今でも、死ぬことが怖いです。

もし本当に生と死の問題を乗り越えられた人なら、死を前にしても恐怖がないのかもしれません。

そう考えると、私はまだそこには到達していません。

ただ、ここでも一つ疑問があります。

生と死の問題を乗り越えられないまま死んだら、私はそれを後悔するのでしょうか。

それは分かりません。

「まだできていないこと」と「死ぬときに後悔すること」は、必ずしも同じではないようにも思います。

今からやっておこうと思ったのは「遺産」のこと

では、この25項目を見て、

「これからやっておこう」

と思ったことは何だったのか。

考えてみると、一つは、

「遺産をどうするか決めなかったこと」

でした。

これは、ある程度考えておいた方がいいのかなと思いました。

ただ、今すぐすべてを決めてしまう必要もないと思っています。

家族の状況も変わりますし、自分の資産も変わります。

そのときの状況を見ながら、最終的にはきちんと決めておきたいと思います。

母には「ありがとう」と言えなかった

「愛する人にありがとうと伝えなかったこと」

これについても考えました。

妻には「ありがとう」と言っています。

ただ、亡くなった母には、きちんと言葉で「ありがとう」と伝えられませんでした。

ここは少し心に残っています。

ただ、言葉では伝えられなかったけれど、行動ではできたのではないかとも思っています。

母が生きている間に、私なりにいろいろなことをしました。

だから、私の気持ちはある程度伝わっていたんじゃないかなと思っています。

「ありがとう」は言葉で伝えることも大切でしょう。

でも、言葉だけが「ありがとう」ではないのかもしれません。

会いたいと思ったら、あまり躊躇しないようにしたい

もう一つ、これから少し意識してもいいと思ったのが、

「会いたい人に会っておかなかったこと」

です。

今の私には、特別に「この人に会っておきたい」という人はいません。

だから、無理に誰かを探して会おうとは思いません。

ただ、これから、

「あの人に会いたいな」

と思うことがあれば、あまり躊躇しないようにしたいと思います。

「今連絡したら迷惑かな」

「また今度でいいかな」

そんなことを考えて先延ばしにしているうちに、会えなくなることもあるでしょう。

夢や目標についても同じです。

今の私には、大きな夢はありません。

だから、無理に夢を作る必要もないと思っています。

でも、これから何か「やってみたい」と思うことが出てきたら、そのときはできるだけ動きたいと思います。

今の生き方でいいのかもしれない

今回、「死ぬときに後悔すること25」を見て、何か大きく生き方を変えようとは思いませんでした。

むしろ、

「今やっている方向性でいいのかもしれない」

と思いました。

やりたいことをやる。

おいしいものを食べる。

行きたいところに行く。

そして、やりたいことが新しく出てきたら、できるうちにやる。

後悔しない人生というのは、何か大きなことを成し遂げることではなく、こういうことの積み重ねなのかもしれません。

今死んだら、「後悔」より「ちょっと早かった」と思う

最後に、

「もし今、人生が終わるとしたら、何を一番後悔するだろう」

と考えてみました。

これが、なかなか出てきませんでした。

仕事ばかりして趣味に時間を使わなかったことも、49歳で会社を辞めてから7年以上、自分の好きなように時間を使ってきました。

やりたいことも、それなりにやってきました。

だから、

「あれをやっておけばよかった」

という強い後悔は、今のところあまり思いつきません。

ただ、だからといって、

「もう十分です。人生をお腹いっぱい楽しみました」

というところまで来たわけでもありません。

まだ食べたいものがあります。

まだ行きたいところがあります。

まだやってみたいことも出てくると思います。

だから、もし今人生が終わるとしたら、

「後悔した」というより、「ちょっと死ぬには早かったな」

と思うのかもしれません。

まだ足りません。

まだ人生をお腹いっぱい楽しんだ感じはしません。

だったら、今は今まで通りでいい。

やりたいことをやって、おいしいものを食べて、行きたいところへ行く。

そしていつか、

「もう十分楽しんだな」

と思えるところまで行けたらいいなと思っています。

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