私は、かなり頑固な性格なのだと思います。
いや、頑固というより、偏屈と言った方がいいのかもしれません。
特に苦手なのが、人から「こうするべきだ」と言われることです。
自分の考え方や、やり方を否定されたように感じてしまうんですね。
もちろん、相手が間違ったことを言っているとは限りません。
むしろ、正しいことを言っている場合もあります。
それでも、なぜか素直に受け入れられない。
最近、自分の性格について考えているうちに、そんな自分の面倒な一面を改めて感じました。
まず、心の中で反発してしまう
例えば、誰かから「こうした方がいい」と言われたとします。
そのとき、私はまず反発してしまいます。
「どうしてそんなことを言われなければならないんだ」
そんな気持ちになるんです。
もちろん、口に出して反論するわけではありません。
でも、心の中では納得していません。
そして、しばらく時間が経ってから、ようやく相手の言葉について冷静に考えられるようになります。
「まあ、この人はそういう考え方なんだろうな」
そう思えるようになるんですね。
ただ、ここで一つ厄介なことがあります。
相手の考えを理解できることと、その考えを自分が受け入れられることは、私の場合、必ずしも同じではないんです。
上司の言うことが正しくても、そのまま従えなかった
会社員時代にも、そんなことがありました。
上司から仕事の進め方について指摘されることがありました。
そのときの私は、まず上司の意見を受け入れられませんでした。
ところが、後になって冷静に考えてみると、
「確かに、上司の言っていることにも一理あるな」
と思うことがあるんです。
では、素直に上司の言うとおりにしたのか。
そうではありませんでした。
上司の意見のうち、納得できる部分を取り入れながら、自分のやり方と組み合わせていました。
つまり、最後まで自分のやり方を残していたんです。
今振り返ると、なかなか扱いにくい部下だったのかもしれません。
上司からすれば、良かれと思って助言しているのに、言われたとおりにはやらないわけですから。
もちろん、私のやり方が正しかったとは限りません。
上司の指摘をそのまま受け入れた方が、良い結果になったこともあったかもしれません。
ただ、それは今となっては分かりません。
一つ言えるのは、私は自分の考えを否定されたように感じると、相手の意見を素直に受け入れることが難しかったということです。
頭で理解することと、気持ちが納得することは違う
ここが、私の性格の面倒なところだと思います。
上司の言うことが正しいと分かったのなら、そのまま従えばいい。
そう考えることもできます。
でも、私はそう簡単にはできませんでした。
頭では理解している。
でも、気持ちが納得していない。
そんな状態だったんですね。
では、なぜ納得できなかったのか。
おそらく、仕事のやり方を指摘されたこと以上に、自分の考えを否定されたように感じることが嫌だったのだと思います。
上司は、単に仕事をより良く進めるための助言をしていただけかもしれません。
それなのに、私は自分自身を否定されたように受け取ってしまう。
そう考えると、問題は上司の言い方だけではなく、私の受け止め方にもあったのでしょう。
今なら、そんなふうに振り返ることができます。
ただ、当時の自分にそれができたかというと、難しかったと思います。
ところが、他人には「こうするべきだ」と言いたくない
ここまで書くと、私は自分の考えが絶対に正しいと思っている人間のように感じられるかもしれません。
でも、そういうわけでもないんです。
私は、他人の行動を見て、
「どうしてそんなやり方をするんだろう」
「もっとこうすればいいのに」
と思うことがあります。
でも、それを本人に言ったり、他の人に話したりすることは、基本的にありません。
なぜなら、自分の考えが必ずしも正しいとは思っていないからです。
私が良いと思う方法が、相手にとっても良い方法とは限りません。
その人には、その人なりの考えや事情があるのでしょう。
私はよく、こんなふうに思います。
右も正しければ、左も正しい。上も正しければ、下も正しい。
物事には、一つの正解しかないとは限らない。
だから、自分の考えを他人に押しつけることはしたくないんです。
自分は頑固なのに、他人の考えは否定したくない
こうして書いてみると、少し矛盾しているようにも感じます。
自分の考えを否定されることは嫌い。
でも、自分の考えが絶対に正しいとも思っていない。
相手の意見が正しいと分かっても、素直に受け入れられない。
それなのに、他人の考え方は尊重したいと思っている。
なかなか面倒な性格ですね。
ただ、私の中では、それほど矛盾しているわけでもないんです。
自分の考えを大切にしたいのと同じように、他人にも自分の考えを大切にしてほしい。
そんな気持ちがあるのかもしれません。
もちろん、だからといって、私の頑固さが正当化されるわけではありません。
人の意見を素直に受け入れられないことで、損をしたこともあったでしょう。
自分では気づかないうちに、相手を困らせていたこともあったかもしれません。
でも、そうした部分も含めて、これが私の性格なのだと思います。
「こうするべきだ」という言葉が嫌いな理由
私は昔から、「こうするべきだ」「こうあるべきだ」という考え方に、強い抵抗を感じてきました。
ただ、その理由を深く考えたことは、あまりありませんでした。
今回、自分の性格を振り返ってみて、少し分かったような気がします。
私が嫌なのは、単に指図されることではなく、自分の考えを否定されたように感じることなのだと思います。
そして、自分がそう感じるからこそ、他人にも同じような思いをさせたくないのかもしれません。
もっとも、これは今の私が自分なりに考えたことです。
本当のところは、まだよく分かりません。
人間の性格というのは、そんなに簡単に説明できるものではないのでしょう。
ただ、今回一つ分かったのは、私は思っていた以上に頑固で、偏屈な人間だったということです。
そして、その一方で、自分にも他人にも「こうあるべきだ」と決めつけたくない気持ちが強い。
その二つが、私の中には同居しているようです。
別に、それを長所だと言いたいわけではありません。
短所だと決めつけるつもりもありません。
ただ、自分にはこういうところがある。
今は、そんなふうに思っています。


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