若いころから営業成績は良かった。社内で名前が上位に載るのが当たり前で、「自分は営業が得意なんだ」と疑いもしませんでした。
しかし、40歳を過ぎたあたりから、少しずつ状況が変わり始めました。
上位にあった自分の名前がだんだんと出なくなり、初めて「ここが自分の限界なのかな」と感じるようになったのです。
今回は、かつて売上が良かった私が40代で感じた葛藤と、仕事で自分の限界を知ったことがなぜ「人生の終わり」ではなかったのか、そのリアルな気づきをお話しします。
1. 「やり方は分かっているのに行動できない」という能力不足
成績が落ちた理由は明白でした。社内や業界のルールが大幅に変更され、それまで通用していた営業手法が使えなくなったからです。
売り上げを伸ばすには、従来の手法に頼らず、もっと泥臭くお客様の懐へ飛び込む必要がありました。
- イベントや行事に積極的に顔を出す
- 用事がなくても自分から足繁く会いに行く
- 自分から動いて密な人間関係を作り直す
やるべきことは完璧に頭で理解していました。しかし、分かっているのに、どうしても行動に移す気力が湧かなかったのです。
若いころなら環境の変化に合わせて自分を変えられましたが、40代になってそれができなくなった。「知っている」だけでなく「行動に移す」ことまで含めて営業力なのだとすれば、それは紛れもなく私自身の適応力不足でした。
2. 若手に負け、「自分の時代が終わりつつある」と感じた苦悩
そんな中、業界ルールに縛られない他社の若い営業マンが、持ち前の若さと知識を武器にスルスルとお客さんの懐に入っていく姿を目にするようになりました。
| 時代・立場 | 営業スタイルとマインド | 心の葛藤・状態 |
| 若手営業マン | 若さを武器にお客さんに可愛がられ、柔軟に成果を伸ばす | 勢いがあり、環境の変化にも素早く適応 |
| 40代当時の私 | 過去の成功体験が通用せず、行動を起こす気力が追いつかない | 「自分の時代は終わりつつあるのでは」という葛藤と落胆 |
かつて成績が良かったからこそ、勝てていた相手に勝てなくなり、自分の名前が順位表から消えていくプロセスは本当につらいものでした。もっと良くなりたいという気持ちはあるのに、行動がついてこない。そこに自分自身のピークと限界を感じたのです。
3. 仕事の限界=人生の限界ではない
誤解のないように書いておくと、営業成績が落ちたから早期退職したわけではありません(退職には別の明確な理由があります)。
しかし、40代で「仕事人としての限界」を認めた経験は、私の人生において非常に大きな意味がありました。
💡限界が見えたからこそ「これから何に時間を使いたいか」が見えた
仕事でトップクラスに立ち続けることはできず、営業所長にもなれませんでした。しかし、会社を辞めた7年後の今も、私は投資手法の改善やブログの運営、家庭菜園の収穫量を増やすことに夢中になっています。
変わったのは、「他者からの評価」を気にしなくなったことだけです。
上司のためでも、出世のためでも、誰かに勝つためでもない。「昨日の自分より少し良くなったな」と自分で思える小さな向上心を、今も穏やかに楽しんでいます。
まとめ:自分の限界を認めることは、悪いことばかりではない
若いころは「頑張れば限界なんてない」と思いがちです。だからこそ、40代になって「できない自分」や「変化についていけない自分」を認めるのは勇気が要りますし、切ないものでもあります。
しかし、仕事で自分の限界を感じたからといって、人生そのものの限界が来たわけではありません。
仕事のピークを受け入れたからこそ、「これからの残された人生で、本当に大切なもの(時間や心の穏やかさ)」に目を向けられるようになります。
他人に勝つための競争から降りても、人生の楽しみや「もっと良くしたい」と思える対象は、いくらでも見つかるのだと実感しています。


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